此処がこの国で一番
結局、王都の店ではあまり買い物もせずに4人は王立図書館の前まで辿り着いていた。
「おおー……」
「大きいですねえ」
イストファとドーマはそんな感嘆の声をあげ、王立図書館を見上げる。
より多くの知識を集めるために建築された巨大図書館は王城ほどではないが巨大であり、周りの建物と比べても際立っていた。
「んなこた、どうでもいい。入るぞ」
カイルを先頭に大図書館の入口へと向かっていくイストファ達ではあったが……その入り口に立っていた衛兵に制止されてしまう。
「待て。此処は栄誉ある王立図書館だ」
「知ってる。なんで止める」
「貴様等のような庶民に入る資格などあると思うか?」
言われて、カイルの表情がめんどくさそうなものに変わる。
またこの手の問題か……と、そう思ったのだ。
「誰の差し金だ? ヘンドリクソンの馬鹿なら、しばらく図書館には来れねえぞ」
「フン、ヘンドリクソン様ではない。我々はブリギッテ様の命令で此処にいる」
「……今度はそっちかよ……」
「え、誰?」
「あー……」
イストファと肩を組んで引き寄せると、カイルは小さな声で囁く。
「……妹だ。といっても、数日の差らしいがな」
第4王女ブリギッテ。王位継承権も持ってはいるが、あまり上位ではない。
ついでに言うとカイルとは母親違いでもある。
とはいえ、その恵まれた容姿故に周囲から甘やかされて育ってきた類の王女だ。
「面倒なんだよなあ、アイツと関わると……」
「何がかしら?」
「うわ出た」
物凄く嫌そうなカイルの声に全員が視線を向けると、そこには丁度図書館から出てきた少女の姿があった。
「あら、誰かと思えば……カイルお兄様じゃありませんの。いつ王都に戻ってらしたの?」
「今日だよ」
「あらあら。迷宮都市に行かれたと聞いてましたが……その様子だと、成果があったようですわね?」
「ま、見ての通りだ」
会話を続けるカイル達を見て、イストファは隣のドーマに囁く。
「……仲、良さそうだよね?」
「はあ、どうでしょうね……」
「何か気になるの?」
「んー……どうも会話が上滑りといいますか……」
イストファは気付いていないようだが、ドーマから見ればブリギッテの言葉には心がこもっていない。たとえば会話を文章にでも起こせばそれなりに見えるのだろうが、ブリギッテは「言っているだけ」にドーマには見えたのだ。
「後ろの方々がカイルお兄様のお仲間かしら?」
「まあな」
「……ふうん?」
呟き、ブリギッテは衛兵達に「通して差し上げなさい」と声をかける。
「ハッ、仰せのままに」
特に異論を唱えることもなく衛兵達はそれに従い、その場から離れる。
「さ、どうぞ? 何を調べるかは知りませんけど」
「つーかお前……此処を封鎖するとか何考えてやがる」
「あら、王族の利用中に制限をするのは普通のことでしてよ?」
「フン、それは傲慢ってんだ」
「それは重要度の差だと思いますわ……王族としてのね」
カイルとブリギッテは睨み合い、やがてカイルは舌打ちして「行くぞ」とイストファ達に声をかけてくる。
「……ね?」
「あ、うん……そんなに仲良くないみたいだね」
肩をすくめるドーマにイストファも頷き、3人はカイルの後をついていき……ブリギッテの隣を通る寸前、その声が響く。
「ねえ、貴方」
「え、ぼ、僕……ですか?」
「そうよ。茶髪の軽戦士イストファ。貴方の事でしょう?」
「えっと……まあ、はい」
「……傭兵王の魔剣を持っているというのは、本当?」
イストファは一瞬驚きに目を見開くが、目の前にいるのが王族の1人だと気付き納得する。
恐らくは、王都にあげられた報告内容を知っているのだろう。ならば、不思議な事ではない。
「それは……はい。そのもの、ではないみたいですけど」
「ふーん」
「あの、何か……?」
イストファをジロジロと眺め回していたブリギッテは薄く笑みを浮かべると、口元を持っていた扇で隠す。
「別に。行っていいですわよ、ド庶民」
「ド庶民……」
その通りではあるのだが、面と向かって言われると少しばかりダメージもある。
それでもまあ、その場で崩れ落ちるほどではない。
なんといっても、事実だからだ。むしろド庶民というよりは、ドドド庶民くらいだ。
「悪いな、イストファ。ああいう奴なんだよ」
「いや、別に気にしてないよ」
「嘘つけ。めっちゃ気にしてるって顔しやがって」
「はは……」
「大丈夫ですよ、イストファ。私も庶民ですから」
「ボクもです」
「おい、その慰め方だと俺が仲間はずれだろうが」
カイルの抗議にドーマとミリィが笑い、つられてイストファも笑う。
ともかく、そうして4人は図書館の中に入り……すぐに外観を見た時以上の声をあげることになる。
「これが……」
「凄い……」
「だろ? 俺も来るのは初めてだが……此処がこの国で一番本が集まる場所だ」
周囲に立ち並ぶ書架に並んだ本、本、本。
本の森か洪水か。何年かけても読み切れないのではないかという数の本が、この場には存在していたのだ。





