灯火の如き少年
明日コミック発売です!
お店によっては特典もつくようなので、よろしくお願いいたします!
「え……っと」
「隠さずとも良い。儂自身、そう思っているからな」
医師長と呼ばれた男も白い鎧の騎士達も、何も言わない。
まるでこの場には居ないかのように直立していて、イストファは何となく居心地の悪い感覚を覚える。
「大人の世界というものは、程度の差はあれ綺麗なままでは居られない場所だ。そして王宮という場所は、その中でも特に汚いものを集め煮詰め、出来上がったものから一番汚いものを選び抜き詰め込んだ掃溜めだ。そして儂は、その総大将だ」
「……」
イストファに、それに対する返事など出来るはずがない。
何故こんな話をされているのかすら、分かってはいないのだから。
「先程の『犯人』の話とてそうだ。この話をカイルにしても、儂は失望を重ねられるだけであろうな」
「え、えっと。それは」
「うむ。それは……なんだね?」
「僕には難しい話は分からないですけど……それは……どうにも出来ない話なんですか?」
「出来ぬ。これをどうにかしようと思えば、それこそステラ殿に暴れて無茶苦茶にして貰うしかない」
言いながら、王は小さく溜息をつく。
「君からすれば言い訳にしか聞こえぬだろう。だが、王とは君臨者ではあっても絶対の支配者ではない。むしろ、調整者であるとすら言えるだろう」
「調整者、ですか……?」
「そうだ。絶対の支配者たらんとする者がいるならば、その者は国民ではなく奴隷が欲しいのだろう……儂の子供たちも、その辺を心得違いしている者が居るがな」
イストファがヘンドリクソンの事を思い出していると、王は「まあ、しかし」と話題を変える。
「……このような話、君にはつまらぬだろう」
「え!? い、いえ! そんなことは!」
「そうか? 何度も言うが、気にする必要などないぞ?」
「いえ、えっと……確かに僕には難しいですけど……」
「うむ」
「でも、王様が悩んでて……凄く真面目な方で……えっと、そういうのは分かります」
言われて、王は目を丸くする。驚いた。そう言いたげな表情が浮かんでいる。
「真面目か。儂が」
「はい」
「フ、そうか。儂がな……く、くくくっ」
破顔一笑。響くほどの笑い声をあげると、王は目元を笑顔の形に緩める。
「いや、すまない。フフ……その手の言葉は儂の機嫌取りの軽いものばかりと思っていたが、こうも真面目に真正面から言われると、なるほど。中々に重く心地良い」
真面目、王様は素晴らしいお方、その悩みを共有したい。
色々な「私は分かっています」風のお世辞は王も何度も聞いてきた。
そして、その軽さにもウンザリしていた。
しかし、目の前の少年はどうか。その言葉の一つが、実によく響く。
今まで腐るほどに見てきた「穢れ」が存在しない。それゆえだろうと、王はそんな事を思う。
「……あの子が、カイラスが心を開くはずだ。デュークからも、良き友であるようだと聞いている。父として感謝したい」
「え、いえ。僕もカイルには世話になってばかりで……!」
「ふふ、そうか。儂は父としては最低の部類に入るからな……こんな事を頼めたクチではないのだが……あの子と、仲良くしてやってほしい」
「それは、勿論です」
「うむ。本来であればカイラスの友である君に儂は相応の支援なり対応なりをするべきであるのだが……不思議だな、それは無粋と感じる」
「支援、ですか?」
「金や装備などだな。爵位などもそれにあたるか。どうだ、欲しいかね?」
「いえ、必要ありません」
王に、イストファはアッサリとそう答える。
「一応、理由を聞こうか」
「友達だからそういうのを貰えるっていうのは……なんだか、違う気がするんです」
「ふむ。ではカイラスの安全を図るための支援という考え方ではどうかね?」
「カイルがそれを望まないと思います。それに、僕も……自分達の力だけで、行けるところまで行きたいと思うんです。あ、でも……ステラさんに助けてもらってる部分もありますし、完全に僕達だけの力ってわけでも……ないん、ですけど」
そんなイストファの言葉に、王は満足そうに頷く。
「うむ、そうか。フフ……実に良き子だ。君が女の子であるならば、是が非でもカイラスの婚約者に据えたのだが」
「え、ええっ……?」
「とはいえ、それも違う気がするな……? 仮にそうであったとして、あの子は市井に下ると言いかねん。ううむ……ままならぬな」
「あ、あはは……」
そんな事を言われても、何と返せばいいのか本気でイストファには分からない。
「……少年」
「はい、王様」
「君の名は知っているが、儂は……君自身から、その名を聞いてみたいと思う」
そう言うと、王は椅子から立ち上がり……慌てたようにイストファも椅子から立つ。
「儂はカルノヴァ・ウル・フィラード。少年。君の名を教えてくれるか」
「はい。僕はイストファ。イストファです、王様」
「うむ、イストファ。儂を名で呼ぶ事を許そう。そして儂は、君の名を覚えておくことを約束する」
その言葉に、今まで黙っていた騎士達や医師長が軽くざわめき……イストファは、その意味が分からずに疑問符を浮かべてしまう。
「イストファ、灯火の如き少年よ。願わくば君が、君のままで育つことを。カイラスには、きっと君が必要だろう」
王の言葉の意味は、全部は分からない。
しかし、イストファはグッと拳を握って王へと答える。
「はい。僕もカイルとは……ずっと、親友でいたいです」
その言葉に、王は頷く。どことなく満足気なその表情は……やはりちょっとカイルに似ていると。
イストファは、そんな事を思った。





