良い子だな
キラキラしている。それが生まれて初めて王宮を見たイストファの感想だった。
ステラと泊っている街の宿も相当に高級なはずだが、その比ではない。
というか、比べるのが愚かなことなのではないかという罪悪感に囚われるほどだ。
「ほんと……凄いなあ」
通された部屋で、イストファは周囲を見回していた。
武具は王城で預かるということで渡してしまっているが、格好はそのままだ。
王はそのままの貴方達と会いたいと申されています……とは案内してくれた使用人の言葉だったが、いつもある武具がないと、どうにもそわそわしてしまう。
「他の皆は大丈夫かなあ……」
出されたお茶は高級そうなカップに入っていて、どうにも触れるのを躊躇う程だったが……おそるおそる、といった風にカップを持ってイストファは一口飲む。
少し刺激のようなものがあるが、美味しいお茶だと……素直にそう感じられた。
もう一口、と飲んでいるうちに全て飲んでしまい、イストファは満足そうに息を吐く。
「はあ……美味しかった」
そう呟いていると、廊下を走ってくる音と共に1人の男が慌ただしく入ってくる。
もう老齢と言ってよい年齢のその男はイストファを見つけると、その顔を掴みじっと覗き込んでくる。
「え、ちょ……」
「いいから診せなさい。ふむ、ふむ……」
しばらく見ていた男は「よし」と頷くと、イストファの飲んでいたお茶のカップを手に取る。
「……フン、なるほどな」
「あ、あのー……?」
「ああ、すまないな。私は医者でね」
「お医者様……ですか?」
「うむ、そして遣いでもある。イストファ君だな? ついてきたまえ」
「あ、はい!」
「素直で大変よろしい。少しばかり不安になる素直さではあるがね」
勢いよく立ち上がったイストファは、そのまま男の後をついて部屋を出る。
よく分からないが立派なツボやら何やらが置いてある廊下を進み、階段を降りていく。
「……?」
王様はお城の一番高いところに居るのだろうと思っていたイストファは不思議そうな表情を浮かべるが、そのまま男の後をついていき……やがて、お城の中庭のような場所に辿り着く。
綺麗に整えられたその場所には美しいテーブルや椅子、ティーセットなどが揃えられ……白い鎧の騎士達に護衛された、壮年の男が座っていた。
「む、来たか」
「はっ」
「医師長、どうであった?」
「心配ないでしょう。どうやらこの少年、かなりダンジョンの恩恵を受けております」
「ふむ、そんなにか」
「ええ。どうやら、伝え聞いた話は本当のようですな。ハッハッハ!」
笑う医師長の言っていることの意味が分からずイストファが疑問符を浮かべていると、奥に居る男が「こちらに来なさい」と言い放つ。
「は、はい」
「うむ……ああ、座りなさい。その正面の席だ」
言われるままに椅子に座ると、近くに居た使用人がお茶を注いでくる。
「ありがとうございます」
「ほう、ちゃんと礼を言えるか。良い子だな」
使用人は返事をせずに下がってしまうが、壮年の男はその様子を見てニヤリと笑う。
その笑顔が見知った誰かに似ているような気がして、イストファは思わずハッとする。
「どうした。儂が誰かに似ていたかな?」
「はい。その、カイルに……あ、えっと、僕の親友に、似てるなって……」
「カイラスか。ふふっ、そうであろうよ。儂の息子だからな」
「えっ……あっ!」
そこまで聞けば、イストファにも理解できる。
イストファは慌てたように椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「お、王様……!」
「はっはっは! そう畏まらんでもいい! ほれ、今の儂は王冠を被っておらんであろう。ん?」
言われて、イストファは頭を下げたままチラリと王を見るが……確かに、冠はその頭上に存在しない。
「今の儂は王ではなく、君がカイルと呼んでくれている息子の父だ。顔をあげるといい」
「は、はい」
「うむ、素直で大変よろしい」
それでも緊張でガチゴチに固まってしまっているイストファに再度椅子を勧め、王は自分の分のお茶を飲む。
「……まずは謝罪をしよう。君を気に入らぬ者……まあ、要は色々な話を出鱈目と断じた者が君に出す茶に毒を盛った事が分かっている」
「毒……!?」
思い出すのは、ダンジョンで出会ったあの悪人男のこと。
だが……確かそういう毒は、ダンジョンで戦う事で無効化されていくはずでもあった。
「まあ、結果は君も知っての通りだ。迷宮を歩む者達に生半可な毒など通じん。ま、多少の細工をしたようだが……無駄に終わったようだな」
「え、えーと……」
「勿論、君の友人や師匠に関しても……勿論、カイラスについても問題はない。そうだろう?」
王の言葉に、背後に立っていた白い鎧の騎士が頷く。
「無論でございます。全ては王のご意思のままに」
「うむ。最初の事件を未然に防げれば、儂も素直に褒められたのだがね」
「……面目次第もございません」
何を言っているかは分からないが……恐らくは「最初の事件」とやらが自分の事であろうというのだけはイストファにも分かった。そして、そこで事件は終わったのだということもだ。
「でも、その……誰が毒なんて」
「うむ、なんとも恥ずかしい話だ。しかしもう、問題はない。それで許してもらえないかな?」
遠回しに答える気が無いと言われて、イストファはゴクリと喉を鳴らす。
「……と、普段なら言うのだがね。それをやれば君の師匠殿は激怒するだろうし、息子にも嫌われてしまう」
緊張するイストファにおどけた様に言うと、王は肩をすくめる。
「確定している犯人は紅槍騎士団の者と、それに脅された使用人だな。本人達も今深く反省しているところだが……まあ、近い内に罪を償う事になる」
「ええっと……は、はい」
「ちなみに今のは王族や貴族特有の言い回しでね。詳しい意味が知りたければ、後でカイラスに聞きたまえ」
ニコニコと微笑む王の事がよく分からず……イストファは、とりあえずの笑みを浮かべる事しか出来てはいなかった。
それがよく分かるのだろう、王は……真面目な表情になると、こう呟く。
「……君のような少年からすれば、儂はさぞや理解できない人間として映るのだろうな」





