無茶の総大将はお前だけどな
「こっちです! 草を踏み荒らした跡があります!」
エリスの先導で、全員が走る。
レンジャーとしてのエリスの知識は確かなもので、僅かな痕跡を頼りにオークの後を確実に追えていた。
途中で誰かと会うかも……とは思ったものの、かなり動員されているはずの他の冒険者チームと会う事はない。
かなり離れた場所で戦闘音らしきものが聞こえるだけだ。
「こいつは……もしかすると、想像以上に重大案件かもしれねえな」
「どういうこと?」
カイルへと振り向かず、足も止めないままにイストファは問いかける。
逃がしてはならないような案件だとは聞いている。
しかし、「想像以上」とはどういうことなのか?
「こっちに他の連中が来てないってことは、向こうにかなりのオークがいるってことになる」
「……うん」
それはそうだ。手柄の欲しい冒険者達がイストファのいる方角に向かってこないほどにオークがいるという話ではある。
「そんな連中とは別行動してる『逃げるオーク』が存在してる……ってことは、だ。向こう側にいる連中は囮って可能性もある」
「え……」
「そこまでして逃がしてえモノってのは何だ。余程強力な武器か? それとも……」
そう、それとも。新たにオークエンパイアを構築しうる何かなのか。
オークの知能の程はさておいても、それが出来ると信じさせるものであることは確実だ。
「覚悟しとけよお前ら! たぶんきっつい話になるぜ……!」
「いつもの事だよね」
「ハハ……そうですね」
「確かに……」
サラリというイストファにドーマとミリィも苦笑交じりに同意し、ナタリアとエリスが驚いたような顔になっている。
「やー……勢いがあるとは思ってたけど、相当の無茶と引き換えかー……想像通りっていうかなんていうか」
「無茶しようと思ってやってるわけじゃないんですが……」
「無茶の総大将はお前だけどな、イストファ」
「ええ……?」
納得いかないような顔をしているイストファだが、誰からも擁護の声があがらない事に疑問符を浮かべながらも走る。そして……。
「前方、オークと……え!?」
急ブレーキをかけるように止まるエリスが慌てたように弓を構え、しかし放つ事が出来ずに飛び出してきた何かに押し倒される。
「エリス!」
それは、濃い茶色の短い毛並みのサル型モンスター……フォレストモンキーだ。
木々の上に潜んでいたのであろうフォレストモンキーはエリスを押し倒したまま牙を剥き……しかし、イストファの投げたナイフが額に突き刺さり後方へと吹き飛ぶように倒れる。
「た、助かりまし……」
「まだ来る!」
叫ぶイストファの声を合図とするかのように上から次々にフォレストモンキーが現れ、カイルの放ったメガン・ボルテクスの魔法に撃ち抜かれ地面に落下していく。
「待ち伏せだあ!? こんなタイミングでか!」
「大分離されてる! 追わないと!」
ナタリアの言葉通り、近くまで迫っていたオーク達の背中は遠くなり、あまりのタイミングの悪さに舌打ちしそうなほどになる。
……だが、背中は見えている。そして見えているのならば、此処に手段は存在していた。
「その身体の自由を、許さない……麻痺の呪い!」
紫の光が遠くを走るオーク達に吸い込まれ、その動きが不自然に停止する。
麻痺の呪い。呪法士であるミリィが使用可能なソレに縛られたのだ。
「長くはもちません……イストファ!」
「うん!」
答え、イストファは走る。足に力を籠め、一気に距離を詰めるべく走る。
より速く……跳ぶかのように。
呪いを破られたミリィが短く叫ぶ声を背に、イストファは「その場所」へとたどり着く。
「ギイイイイイ!」
「追い、ついたああああ!」
振り返ろうとしたオークを、イストファの短剣が斬り裂く。
ザン、と響いた音がオークに悲鳴をあげさせ、そのままイストファはオーク達の間へと飛び込んでいく。
数はそんなに多くはない。総勢6体。
今斬ったオーク。
立派な装備……特に全身鎧が印象的なオークが3体。そのうち、異常に立派な剣を持ったオークが1体。
杖を持ったオークが1体。
そして……ローブを纏い深くフードを被ったオークが1体。
どれだ。どれがそうなのか。イストファには判断できない。
「お前か!?」
一番立派な剣を持っているオークへとイストファは斬りかかる。
だが、流石に二度も奇襲を許しはしない。
立派な剣のオークはイストファの短剣を難なく受け止め、弾き返す。
そして同時に他のオークもイストファへと斬りかかり……イストファは即座に転がるようにして剣を回避し態勢を立て直す。
そして……その場所を、杖オークの放った火球が襲う。
「くっ!」
だが、イストファの短剣はマジックイーターだ。素早く振るった短剣が火球を切り裂き飲み込み……それでは、終わらない。
先程斬り裂いたオークが斧を振るい、2体の剣オークが見事なコンビネーションでイストファに剣を振るう。
「……!」
斧を避けた隙を狙うかのような攻撃に、イストファの防御が間に合うはずもない。
鎧が削れる音が響き、イストファの身体が大きく吹き飛ぶ。
「がっ……」
転がる身体を無理やり起こし、短剣を構えオーク達を牽制する……が、追撃は来ない。
鎧が鋼鉄製になっていなければ死んでいたと断言できるほどの攻撃に、イストファは冷や汗を流し……そこでようやく追いついてきたカイル達がオーク達を見て舌打ちする。
「おいイストファ、大丈夫か!」
「う、うん……」
「ケガは……ありませんね」
逃げるのはやめたのか、オーク達はローブのオークを守るように布陣し始めている。
あるいはステラではないと気付いたからかもしれないが……。
「オークナイトが3、オークマジシャンに普通のオーク……あと1体がよく分からねえ。てことは、アレか……!?」
「あの1本だけ立派な剣……アレもかなり気になりますが」
「とにかくやるしかねえ! いくぞ!」
カイルが気合を入れるように叫んだ、その時。
他のオークの背後に隠れていたローブのオークが、何か奇妙な動作をしたのを……イストファは、見た。





