今話題の実力派新人パーティ
ザワザワと、森の木々が風に揺れる。
マッピングをしていたミリィが、その音にピクリと反応したように顔を上げる。
森の詳細な地図は冒険者ギルドから提供されているわけではなく、マッピングはこうした個人の技能頼りだ。
……といっても道も整備されていない森の中では参考程度の役にしかたたないのも事実ではあるが、ないよりは余程マシではある。
「かなり奥まで進みましたけど……オーク、出ませんね」
「まあな。こっちにはオークは居ねえのかもな」
「でも、オークだけが居るってわけでもないでしょ?」
「そりゃまあ、な」
モンスターがいるのはダンジョンの中だけではない。むしろ「モンスター被害」などという事象が存在するのはダンジョン外であり、こうした森などはモンスターの住処になっている事が多いのだ。
たとえば、この森でもオークだけではなくゴブリンやフォレストモンキーなどといったモンスターの存在が確認されている。
しかし、そういったモンスターとも今のところ全く出会っていない。
「……なんか、変じゃない?」
だから、そんなイストファの言葉を聞き逃せずに全員の足が止まる。
「変って……何がだ?」
「なんでこんなに何も居ないんだろう」
「確かに……ちょっと……いいえ、かなり変です」
そしてイストファに同意したのがエリスだ。
周囲を注意深げに見回すと、エリスは訝しげな表情で近くの木に触れる。
「此処、見てください」
「え? 何これ……何かのツル?」
「はい。それで鳴子を作ってます。作り方は相当雑ですし、これは……」
注意深げに観察するエリスの手元を、カイルも後ろから覗き込む。
「……天然素材100%って感じだな」
「はい。森で手に入る素材だけで作ってますね。冒険者のものとは考えにくいです」
「え、どういうこと?」
疑問符を浮かべるイストファに、エリスは振り返らないままに周囲を用心深く確認し始める。
「私達の知る限りでは、この森に来る冒険者は『手柄を求めて急いでいる』か『準備を整え挑む』の2パターンです」
「つまりだな、急いでる奴は悠長に鳴子なんか仕掛けねえし、後から来る奴は売ってるようなモノで鳴子を作るってことだ」
カイルに補足され、イストファは考える。
つまるところ、これを仕掛けたのは冒険者ではない……ということだろう。
「モンスターが仕掛けたってことだよね? オークがやったのかな?」
「ゴブリンかもしれねえがな。問題は、いつ仕掛けたかだが……」
「結構新しいですね。たぶん1日もたってないです」
「分かるのか?」
「ええまあ、ツルの劣化具合からの算出ですけど」
感心したように頷くカイルに答えながら、エリスは周囲の地面を落ちていた棒で軽く突いていく。
「……何してるの?」
「いえ、鳴子の仕掛け方が甘いので、他の罠に誘導してるのかと思ったんですが……そういうわけでもなさそうですね」
「そういうのもあるんだ」
「はい、基本は落とし穴ですよね。鳴子を避けようとして足元全般に関する注意が疎かになるので、セットにする罠としては基本ですよね」
「へえー」
イキイキとした様子で語っていたエリスは、そこでピタッと動きを停止し……振り返り「ひえっ」と声をあげる。
「い、いえ! 必ずしもそうというわけでもないのですが! その、えーとですね!」
「え? う、うん」
「ごめんなさい!」
「へ?」
なんで謝られたのか分からず、イストファは思わず仲間達へと振り返る。
しかし仲間達も疑問符を浮かべているのを察して、イストファは「えーと……」と困惑したような表情になる。
「その……ごめん。なんで謝られたのか、分からなかったんだけど……」
「え、えっと……それは……」
視線があちこちにキョロキョロとしているエリスの手を握り、イストファは正面からエリスの顔を覗き込む。
「え! え!?」
「……もし何かあるなら、教えてほしい。解決できるかは分からないけど、何か手伝えるかもしれないから」
「……」
そして、何かを言いかけたエリスを庇うようにイストファは自分の背後へと素早く隠す。
「へ!?」
そして構えた小盾に弾かれる矢。ガン、ガン、と激しい音をたててイストファは小盾を素早く動かしながら全ての矢を迎撃しきる。
その間にも空いた手では短剣を引き抜き、その「先」を見据える。
「ガアアアアアアア!」
「ギイイイイイイイ!」
鉄の武器を構えたその姿は、間違いなくゴブリン。
突っ込んできて鳴子に引っかかって盛大な音を鳴らしながら転ぶ先頭の一体がイストファに斬り裂かれ、続く一体が振り回した鉄の斧はイストファに当たることなくカイルの放った火魔法に頭部を焼かれ絶叫と共に倒れこむ。
「ごめん、トドメはお願い!」
言いながらイストファが奥へと走っていき、慌てたように逃げていく弓持ちのゴブリンを斬り裂いていく。
そして、倒れた2体にトドメを刺していくナタリアを見て……エリスは「はぁー……」と驚いたような声をあげる。
「す、すごい……こんなあっさり……」
「ま、今話題の実力派新人パーティだからねー。このくらいなら楽勝ってことじゃない?」
ゴブリンにトドメを刺したナイフを軽く掃って鞘に納めるナタリアに、カイルは「初耳だぞ」と嫌そうに呟く。
「知らぬは本人ばかり……ってことかしらね」
ニャハッと笑うと、ナタリアはゴブリンの引っかかった鳴子に視線を向ける。
「……にしても、自分で仕掛けた罠に自分で……? ゴブリンって馬鹿だけど、そこまで馬鹿だったかなあ……?」





