そういうわけじゃないんだけど
そして、それから数時間後。
「……見つけちまったな」
「……うん」
「……どうします?」
イストファ達は、大型船の一室で一つの箱を前に顔を突き合わせていた。
以前この階層に来た時には探す事すらしなかった、「この階層から出現する」事だけは知っていたもの。
鍵のかかった、ちょっと丸みを帯びた蓋の箱。
……そう、宝箱である。
普通に開けられれば運が良く、鍵がかかっている事も多い。
そしてどちらの場合でも罠が仕掛けられている事も多く……専門の技術を持ち解除を請け負うトラップスミスが居なければどうしようもない場合もあるという。
「そもそも、何が入ってるの?」
「階層や場所によって色々らしい。だが、ドロップ品では手に入らないものが多い……らしい」
「らしいって何です?」
「俺が見たわけじゃねえからな」
そういう意味では、開けてみたいと思うのが当然の真理だ。
しかしながら、イストファ達3人の誰もトラップスミスではない。
仕掛けられている罠の中には致死性のものも当然あり、無策で開けるのはあまり良い手段とは言えない。
「魔法でそういうの、どうにかなったりしないの?」
「将来に渡ってそういう魔法が生まれる可能性が無いとは言わねえけどよ。少なくとも俺は使えねえし知らん」
「となると、諦めるのが妥当……ですかね?」
「まあ、そう……なんだけどな」
実際目の前にしてみると、これ以上悔しいものもない。
しかし危険を侵すほどのリターンがあるかといえば、また別の話だ。
そして得たリターンで何か助かるのかといえば、そうでもない。
「よし、諦めるか」
「そうですね」
言いながらカイルとミリィは頷き合うが……イストファがまだ宝箱をじっと見ているのに気づき、顔を見合わせる。
「なんだイストファ。開けたいのか?」
「危ないですよ」
「そういうわけじゃないんだけど……」
言いながら、イストファは穴が開きそうな程に宝箱を見つめる。
「なんか、なんだろう……よく分かんないんだけど、なんか変な感じがして」
「ふーん?」
イストファ自身、その違和感を説明できるわけではない。
何か、とかなんとなく、とか。そういうレベルのものだ。
しばらく唸っていた後イストファは説明を諦め、小さく溜息をつく。
「ま、いいか。行こう」
「おう」
「ですね」
そうして宝箱を諦めイストファ達が部屋を出ようとした、その瞬間。
宝箱の蓋が静かに……しかしひとりでに開く。
中で輝くのは、ギラリと光る眼。
接地していた宝箱の底から節足動物のような足が飛び出し、その姿はほぼ一瞬のうちにおぞましいモンスターの姿へと変貌する。
無音のまま飛び掛かったモンスターは……しかし、その瞬間に振り返ったイストファの引き抜いた短剣に迎撃され激しい金属音をたてる。
「な、なんだあ!?」
「わ、モンスター!?」
奇襲を防がれたモンスターは足をガチャガチャと鳴らしながら背後へと跳ぶ。
その姿にミリィは分かりやすく動揺するが……カイルはすぐにその正体を看破する。
「ミミックかよ……!」
宝箱に擬態するモンスターであり、「モンスターが自然発生したものではない」という証明であるともされるモンスターだ。
宝箱に見えるその姿は全て擬態であり、外骨格の虫や甲殻類などに類似する生態だとも言われている。
ともかく、そんなミミックは今や牙を剥き出しにしてイストファと睨みあっている。
「……チッ」
そして壁の向こうから現れるのは、数体のゴースト。どうやら今の音がゴーストを引き寄せてしまったらしい。
「カイル」
「ああ、任せろ」
ただそれだけの会話でイストファとカイルは互いの役割を理解し、イストファがミミックに向けて走り出す。
「いくぜ……メガン・ボルテクス!」
カイルの放った電撃魔法が轟音を響かせ、ゴースト達を砕いていく。
その間にもイストファはミミックへと迫り、しかしミミックもまた負けじとイストファへ牙を剥き迫る。
凶悪なミミックの姿はしかし、ミノタウロスの圧倒的暴威と比べれば恐ろしくはない。
イストファの短剣とミミックの硬い外皮がぶつかり合い、僅かにミミックにヒビが入る。
「ガッ! ガガガガガ……ガア!」
「で……やああああ!」
それでも負けぬとばかりに襲い掛かるミミックの足の一本を、イストファが体重をかけて足で踏み折る。
ベキリと音をたてて折れ飛んだ足から体液が飛び散り、ミミックがバランスを崩す。
だが、それでも倒すには至らない。
無数の足は、一本が折れた程度ではすぐにバランスを取り戻す柔軟さをも兼ね備えているのだろう。
しかし、それは一瞬の隙を作る程度の役にはたった。たったが……それ以上にはならない。
理由は簡単だ。如何に鋼鉄製といえど、短剣の攻撃を簡単には通さない硬さを備えているからだ。
そしてミミックもそれを分かっているのだろう。
その宝箱にも似た身体の奥の光る眼を僅かに笑みの形に歪ませ……しかし、次の瞬間に気付く。
自分の硬い外皮を……多少削るくらいしか出来ていなかったはずの自分の身体が深々と斬り裂かれていることを。
「ガ、ガ……?」
体液を撒き散らしながら床に倒れるミミックのその先では、イストファが体液のついた短剣を掃っている。
必殺剣。ノーツから伝授されたその技でミミックを斬り裂いたイストファは、自分の確かな成長を感じていた。
……そうやって、一週間という期間はすぐに過ぎていったのである。





