天気の悪い1階層って感じだね
第7階層に降り立ったイストファ達は、周囲を見回してそれぞれ感心したような声をあげる。
「なんだか天気の悪い1階層って感じだね」
そんなイストファの感想に全員が納得したような声をあげる。
確かに湿地帯にも似たこの場所では空も曇り空であり、イストファの感想にもある程度「なるほど」といった気持ちになる部分はある。
……だが、実際には全く異なる場所だ。
「カイル。此処はなんて名前なの?」
「あー。『極彩色の楽園』だ」
「極彩色……?」
「そんな感じには見えませんよね」
イストファとドーマの当然にも思える言葉に、カイルは「そうだな」と返す。
「此処はな、スライムとアメイヴァしか出ない場所なんだってよ」
「げっ」
「ええっ」
「え?」
ドーマとミリィは一気に嫌そうな顔に、イストファは疑問符を浮かべた顔になる。
「あー……イストファは知らねえか?」
「うん。えっと……有名なモンスターなの?」
「そうだなあ。有名かっていえば有名なんだが……」
うーん、と難しそうな顔になったカイルに代わって、ドーマが「モンスターというより害獣としての側面が強いですね」と説明する。
「害獣って、モンスター自体が人間の敵な事は多い……よね?」
「まあ、人間に害をなさないモンスターっていう話はあまり聞かないですけども」
まずスライム。これは固まった樹液やゼリーを想像すると分かりやすい。
動くとぷるぷると揺れる球状の身体は一見愛らしいが、敵意を持ってぶつかってくるボールのようなものだ。油断して叩き殺された者も多く居て、町や村の近くにいたら駆除対象として衛兵や冒険者が向かうようなモンスターだ。
そして、アメイヴァ。これは「粘液」という表現が最も正しい。
洞窟や古い遺跡などに住み着くアメイヴァは溶解能力を持ち、人間だけでなく野生の獣やモンスターにも襲い掛かる凶悪なモンスターの一角だ。
「属性を持つスライムやアメイヴァも報告されていまして、魔法的な能力を使うとされています」
「されてるっつーか、使うってよ」
ドーマの説明を補足するように言ったカイルに、全員の注目が集まる。
「この階層から先は売ってる情報も少ないんだけどよ。どうにもこの階層には各種属性を持ったスライムやアメイヴァも出るらしい。色とりどりの連中が出てくる、スライムとアメイヴァの楽園。だからこそ『極彩色の楽園』ってわけだ」
言いながら、カイルは頭を軽く掻く。
「……つまり、だ。俺の魔法とイストファの剣、両方が必要になってくる」
「うん」
「特にアメイヴァ相手じゃ、イストファの剣はほとんど通じないと思っていい。どういう理屈で生きてるのかも良く分かんねえらしいしな。それに……魔法の件もある」
イストファの魔法防御的な能力はゼロに限りなく近い。それを懸念したカイルが言葉を濁すと、イストファは腰の短剣に触れる。
「その事なんだけど……この短剣、マジックイーターとかいうのになったらしいんだ」
「……ん? 今なんて?」
カイルが「理解できない」とでも言いたげな表情になったのを「なんかカイルがこんな顔するのは珍しいな」などと思いながらも「マジックイーターだって」とイストファが返すと、カイルは言葉を噛み砕くように眉間をコンコンと叩き……やがて「はああああああ!?」と驚きの声をあげる。
「マ、マジックイーターだあ!? おいドーマ、お前普通の短剣だって」
「そ、そんな事言われましても! え!? でも魔力吸われた感覚はありませんでしたよ!?」
言いながら、ドーマはイストファの腰の短剣を見つめる。
「これがマジックイーター……? ええ、でも……」
「フリートさんはそう言ってたけど」
「ちょっとすみません。構えていただけます?」
「うん」
イストファが引き抜いた短剣にドーマが「ヘビーウェポン」と唱えると、短剣が僅かに輝き……柄の宝石に僅かな輝きが宿る。
「どうですか?」
「重さは変わってないね」
ドーマの視線は刀身から柄の宝石へと向けられる。ヘビーウェポンが効果を発揮していないところを見ても、宝石の輝きを見ても……間違いなくこの短剣はドーマの魔法を魔力に分解吸収しているし、この宝石は特殊な魔石の類だろう。マジックイーターであるというのも、間違いないように思える。
「……ノーツの野郎、とんでもねえ置き土産残していったな」
「えーと、ごめんなさい。ボク、マジックイーターって知らないんですけど」
「魔力食いの魔剣だよ。持ち主の魔力も食う呪剣って言ってもいいような代物だが……まあ、魔力のねえイストファにはピッタリ……なのか?」
納得したように言いながらも、カイルは僅かに腰が引けている。魔法士のカイルにとっては天敵なのだから仕方ない。
「まあ、そいつがマジックイーターだってんなら、それでたぶん魔法に関しては何とかなる……はずだ」
マジックイーターは魔力を食らう。大魔法を全部食らいつくすなんていうのは無理だろうが、ファイアショットなどの簡単な魔法を斬り裂くくらいの芸当は充分に可能なはずだった。
「過信はすんなよ。緊急避難的なもんだと思って行動するくらいで丁度いい」
「うん、分かってる」
「よし、行くぞ」
そうして、イストファを先頭に4人は7階層「極彩色の楽園」の探索を開始する。
目の前にある沼から複数のスライムが飛び出てきたのは……その、瞬間だった。





