どうして
そして、更に数日後。持ち込んだ食料が尽きるか尽きないかというところまできて、水はすでに幻影都市内部で調達していた、そんな日の朝……全ての鍵を手に入れたイストファ達は、第5階層の中心部である王城の門の前に来ていた。
固く閉ざされた門には鍵穴があり……丁度ノーツを除いた人数分、すなわち4つの鍵穴があった。
「……なんか偏屈者の扉みてえだな」
「ハハッ、違いねえ。100人くらいでゾロゾロやってたら、此処に100個鍵穴があんのかね?」
カイルとノーツが笑い合い、イストファがじっと鍵穴を見る。
「此処に鍵を入れればいいんだよね?」
その手の先には、イストファにしか見えない鍵が1つ。それを見て、ノーツは静かに頷く。
「ああ、そいつを差し込めばいい。人数分な」
「よし……」
まずは、イストファが鍵を差し込む。
4つあっても、どれに入れればいいのかは不思議と理解できた。
ガチャリと、鍵が開く音。
カイルが、ドーマが、ミリィが鍵を差し込む度に鍵の開く音が響いて……そして、ゴトンと大きな音が響く。
それはまるで、カンヌキが外れるような音。その瞬間に門はその場から消失し……目の前に、次の階層へと続く下り階段が現れる。
「守護者は……居ないんだね」
「ああ、情報通りだな」
言いながら、カイルはふうと息を吐く。今まで、幾らでも予想外の事態は起きてきた。
守護者のいないはずの階層に守護者が居たっておかしくはない。
だが、どうやらそういう事はなさそうで。
「……ま、とにかくコレで」
「ああ、コレでお前等とも最後だな」
そんな言葉と同時に、ノーツが階段の前に立ち塞がり剣を抜く。
「ノーツ……?」
「来いよ、イストファ。オレと戦ろうぜ」
「え、え……?」
屈託のない笑顔を浮かべるノーツの行動が理解できず、イストファは疑問符を浮かべる。
何故ノーツがそんな事を言い出すのか、理解できなかったのだ。
だからこそ、イストファはノーツに近寄ろうとして……ぶつけられた殺気に、ぞわりとした感覚を味わう。本気だと、嫌でも理解させられてしまう。
「剣を抜けよ、イストファ。まさか始まってから抜くチャンスがあると思ってるんじゃねえだろうな」
「そんな、なんで……理由が無いよ!」
「理由? 理由か……そうだな。コレならやる気が出るか?」
そう言うと、ノーツは自分の顔に手をあてる。スルリと顔を撫でて……その手の通り過ぎて行った後。そこにあるのは、幻影人の特徴である虚ろな眼窩。
「それ、は……!」
「こいつ、幻影人!?」
「ハハッ、どうだ? やる気出ただろ……って、あー……」
真っ青になっているイストファを見て、ノーツはもう1度顔を撫で元の顔に戻る。
そうして、少し申し訳なさそうな表情を浮かべてみせる。
「悪ィ。そんな顔させるつもりはなかったんだがな」
「ノーツ、どうして……」
「うん、それな。そのノーツって名前もな。俺の名前ではあるし正しいんだが、たぶん馴染みはねえよな」
言いながら、ノーツは剣を地面に突き立てる。その瞬間、その背後に8人の剣士の姿が現れる。
「う……!」
「サラディア八剣……!?」
「そんな……」
そう、その姿は間違いなくサラディア八剣。此処までに出会った者、出会っていない者。
けれど、確かな強者のオーラを放つ8人の剣士の姿がそこにあった。
その場に跪く彼等を見ていたドーマが「まさか」と呟く。
傭兵王国サラディアにおいて最高の8人の剣士である彼等が跪く相手といえば、ただ1人。
「そんな。まさか……それでは、貴方は!」
「改めて自己紹介するぜ。オレはヴォーダン。魔法士共の策謀によって滅びた、傭兵王国サラディアの最初にして最後の王だ」
言いながら、その口の端を皮肉げに歪める。
「とはいえ、この姿は俺がガキの頃……まだノーツって名乗ってた頃のだけどな。どうやら、大人の俺はどう調整してもこの階層に置くにゃ強すぎたらしいぜ」
言いながら、ノーツは地面から剣を抜き構える。それを見てイストファも震えながら剣を抜き……「どうして」と、もう1度口にする。
「どうして、ノーツは」
「いつまでも言ってんだ。オレは敵で、この階層のモンスターだ。それ以外に何がある?」
「敵だって言うなら! どうしてノーツは僕に技を教えてくれたのさ!」
「おう、ソレだよ」
「……ソレ?」
「そもそも、おかしいと思わねえか? この階層の連中はどいつもこいつも自分の意識なんかねえ人形みたいなもんなのに、どうしてオレだけ記憶と意識を持ってる?」
その言葉に、誰もが答えられずに沈黙が訪れる。
そう、その通りだ。幻影人も……サラディア八剣達も、まともな会話は何一つとして出来ない。
なのに、どうしてノーツだけが違うのか。
この階層の中で、ノーツだけが明らかにおかしいのだ。
「俺はこう思う。イストファ、オレはお前に技を伝える為だけにこうして、この階層に創られたんだとな」
「創られた……誰、に」
「さあな。もしくは……失伝しただろうオレの剣を、もう1度復活させたいとかいう執念が、このダンジョンで顕現したとかな」
ロマンチストすぎるか、と笑うノーツは、やがて……その笑みを消す。
「でも、それなら戦う必要なんて!」
「いいや、ある。考えてもみろよ。俺と同じタイプの剣士で、俺と同じ技を持ってる。そんでもって、肉体的なハンデも『今の俺』であれば互いに無い。こんな滾るシチュエーション……他にあるか?」
「僕達は、仲間……」
「では、ねえな。ただの同行者だ」
小さく息を吐き、ノーツは靴で地面を軽く踏みにじる。
「……はあー……もしかして、こう言わなきゃやる気出ねえか?」
ノーツの手の動きに合わせ、サラディア八剣が立ち上がる。
「お前がオレと戦わないのなら。戦っても殺さずに済ませようとか、甘い事を考えているのなら」
サラディア八剣が、武器を抜く。その絶望的な音に、誰かの喉が鳴る。
「オレではなく、オレ達が相手になる。それでもまだグダグダ言うか、イストファ」
そのどうしようもないまでの決別宣言に、ようやくイストファの意識が切り替わる。
割り切らないままに、戦いの意識へと。
「……分かった。やろう、ノーツ」
剣を、ファルシオンを構えるイストファを見て、ノーツは頷く。
「ああ、戦ろうぜ……イストファ!」
そして、同時に地を蹴る。
6階層「追憶の幻影都市」の、最後の戦いの始まりであり、終わりの合図だった。
何故なら、互いに放つ最初の一手は必殺剣。
どちらかが、この一手で必ず死ぬ。これは、そういう戦いだった。





