だとしたら神はクソだ
「よおし、これであと2本……あ、3本か!?」
「いや、オレは大丈夫だ」
「なら、あと2本だね!」
ドーマとミリィの鍵が見つかってノーツが大丈夫なら、あとはイストファとカイルの鍵だけ。
カウンターに並んでいた瓶の中身を覗いていたカイルは瓶を抱えたまま「……まあ、ようやく半分って感じだがな」と疲れたように呟き、イストファも苦笑する。
4人でもこの有様であるならば、人数がもっと増えればどうなるか分かったものではない。
この酒場もまだ探しきれていないが、それは酒場という場所が広すぎ、また備品が多すぎるが故だ。
カイルの抱えているような酒瓶の中に鍵がある可能性だってあるし、その辺の酒樽に沈んでいるかもしれないし、酒樽の下にあるかもしれない。
もっと言えば、積まれた皿の間に挟まっていてもおかしくない。
そしてそれは、本人以外には認識できないのだ。
「ったく……だがまあ、ノーツのおかげで此処を探せてるのも事実だ。そこは感謝するぜ」
「ん? なんだ、気にするなよ。オレはオレの為にやってる」
「おい、そこは素直に礼を受け取っておけよ」
「嫌だね」
「テメエ……」
睨み合うカイルとノーツだったが、やがてカイルの方から溜息と共に視線を逸らす。
「はあー……ったく、まあいい。感謝してるのは事実。受け取るのはお前の自由ってな」
「その通りだな」
「ま、その辺りは器の大きい俺が受け流せばいいって話だ」
「言うじゃねえか」
面白そうに笑うノーツにカイルが小さな笑みで返し、2人を止めようとしていたイストファの伸ばしかけた手が引っ込められる。
「えーと……?」
「性格が悪い同士で通じ合うものがあったんじゃないですか?」
「おい、ドーマてめぇ」
「言っとくがな、ダークエルフ。お前も相当だぞ?」
答えを求めるようなイストファの視線にドーマが答えると、即座にカイルとノーツから抗議の声が飛んでくる。
「私は場をわきまえますから。それより、早く探さないと。もう一戦することになっちゃいますよ?」
「むぐ……」
カイルは渋々といった様子で探索に戻り、イストファも苦笑しながら同じように探索を再開する。
「しかし……」
カイルが置きっぱなしにした酒瓶を手に持つと、ドーマはたっぷりと入ったその中身を揺らす。
未開封であるらしい酒瓶のラベルは古代語だが、中身はダンジョンの他の生成物と同様に「古代の再現」であるのだろう。つまり、品質には問題がないということだ。
「此処が傭兵王国サラディアの再現だとして、こんなお酒まで生成するなんて。ダンジョンとは一体何なんでしょうね……?」
「さあな。考えるだけ無駄って気もするが」
「そうでしょうか? 神の試練だという説もあるらしいですが」
ドーマの言葉をノーツは鼻で笑い、「だとしたら神はクソだ」と呟く。
「この町を見て思わねえのか? 死者の冒涜っていうのは、何もダンジョンでだけ適用されない言葉ってワケじゃねえだろう。それとも、古代人は人じゃねえか?」
「いえ、それは……ですが、幻影人は死者を利用したゾンビではないわけですし」
「……まあな。所詮人形に過ぎねえ。人の形をした幻だ。そんなもんは俺も分かってるさ」
それでも、とノーツは呟く。
「俺は、この階層が大嫌いだ。この階層を産み出したダンジョンそのものも、な」
「ノーツ……」
ダンジョンを嫌いだと語るノーツの瞳に確かな怒りが宿っているのを、ドーマは見た。
それ程嫌いなのであればこの階層を抜ければいいだろうに、何故留まっているのか。
聞いてもまた答えないのだろうな、と……そう確信しながら、ドーマはノーツから視線を外す。
ノーツ。謎の剣士、ノーツ。こうして一緒に戦っても会話しても、その「謎」という言葉は取れない。互いの事情を詮索するのは野暮だと分かっているし、そこまで問うつもりはドーマにはない。
ドーマ自身、イストファ達に自分の全てを詳らかにしているわけでもないからだ。
だからこそ、ノーツに関する疑問をドーマは自分の中に押し込む。
頼りになる剣士ノーツ。今はきっと、それだけでいいのだ。
「あー、ダメだ見つからねえ!」
「ミリィの1つだけかあ……もっと別の場所を探さないとダメそうだね」
疲れたように言うカイルとイストファに、ドーマは「おつかれさまです」と声をかける。
「では、次の建物に行きましょうか?」
「まあ、そうだな……でもまあ、今回はもう帰ってもいいと思うんだよ。教会もああなっちまったしな」
ていうかマトモなベッドで寝てぇ、と言うカイルにミリィも同意するように頷く。
「確かに、一度帰って補給もした方がいいかもしれませんよね」
「……まあ、確かに」
水は幻影都市の井戸から補給出来るが、保存食はそうはいかない。
この酒場にも食材は置いてあるが、どちらかというと酒のつまみばかりだ。
そして何より、安心できる場所で休めるかどうかというのも大きい。
「僕も特に反対ではないかな」
「よし、決まりだ! 帰るぞ!」
言いながら帰還の宝珠を取り出すカイルの服の裾をイストファ達は掴むが、ただ1人……ノーツは動かない。
「あれ、ノーツ?」
「ああ、帰っていいぜ。今の話の流れからすると、どうせすぐに戻ってくるんだろ? お前等の気配は覚えたし、あの教会で落ち合う事にしようぜ」
そんなノーツの言葉にイストファ達は顔を見合わせ、やがてイストファが代表するように「分かった」と答える。
「じゃあ、またねノーツ」
「ああ。またな」
そんな別れの挨拶と共に、イストファ達は地上に転移する。
そして……ノーツの言葉通り、次の日に6階層の教会にやってきたイストファ達の下にひょっこりとノーツが現れ、再び仲間に加わるのだった。





