期待はしている
「す、凄いです……」
ミリィが呆然としたように呟き、カイルも思わず冷や汗を流す。
「あの鎧……どう見てもミスリルだったぞ……? 一撃で人間ごと真っ二つかよ……」
「ミスリルじゃないな、劣化ミスリルってとこだろ」
言いながら、ノーツはゆっくりと振り向く。
「階層に合った……あー、強さってのがあるだろ? 防具もその調整の対象ってことだろ」
「なるほど……そういうことですか。では、あのラーハルトの剣を貴方が防げたのも」
「そういうことだな」
ドーマにそう答えながら、ノーツはイストファへと視線を向ける。
「で、どうだイストファ」
「さっきよりは見えた……けど」
「けど?」
「どういう理屈なのかはサッパリ分からなかった」
そんなイストファのあまりにも素直すぎる返答を聞いて、ノーツは笑いだす。
「ハハハハ、ハハハ! それもそうか、いやいや。そりゃそうだ!」
「でも、もっと分かんないのは」
「ん?」
「どうして僕に見せようなんて? ノーツの大事な必殺技なんでしょ?」
「ああ、そりゃ違うな」
イストファの当然すぎる疑問に、ノーツはそう答える。
「確かにアレは俺の必殺技だし必殺剣だが、別に秘奥義ってわけじゃねえ」
「え?」
「そもそも俺は、剣術なんざ修めちゃいないしな。ありゃ、本能のままに剣を振ってるだけだ」
「ええ!?」
そんなノーツの言葉にイストファだけではなく全員が驚きの声をあげるが、その反応を見てノーツは更に楽しそうな表情になる。
「驚いたか? だが事実だ。言っただろ? 俺達は獣だ。理屈で剣を振るうのは、そうしねえと勝てねえからだ。勿論、最低限の理屈は必要だ。牙で斬り裂き爪で噛み砕こうとしたって、上手くできるわけがねえ。だが理屈に振り回されれば、いつしかそれに縛られる。それでいいはずがねえ。そうだろ?」
それを聞いて、イストファはデュークの言っていたことを思い出す。
ステラには、現存する全ての武術の動きは事前予告に見える。それはつまり、こういうことなのだろう。
「だからこそ、俺は1つの事しか覚えてねえ。剣の最低限の使い方、ただそれだけだ。それでさっきの技に辿り着く」
「でも、それを……どうして僕に見せるの?」
「言っただろ? 俺とお前は似てる。だから、伝えたくなった……俺の剣を、な」
「それで、ノーツは何を得るの?」
「さあな」
イストファの問いに、ノーツは真面目な表情でそう答える。
「だが、それで俺が辿り着かない場所に辿り着くかもしれない。そんな、期待はしている」
「ノーツ……」
ノーツが何を考えているのか、イストファには分からない。
だが少なくとも、真剣である事だけはイストファには理解できた。
だからこそ、イストファはノーツにこう問いかける。
「……えっと。見えてても、どういうものかやっぱり分からなかったんだけど」
「はあー? お前、やっぱ似てないかもな。頭が悪ィ」
「うぐっ」
「仕方ねえなあ、ちょっと耳貸せ」
言いながらイストファの耳元で何かを囁くノーツを見ながら、ドーマは難しい顔をしていた。
「こうして見ると分かりますが……とんでもない腕ですね、彼は」
「ああ」
「あんな彼がこの6階層に留まっている。それだけで厄介さを再確認してしまいそうです」
「でも、あのノーツさんが居れば、あの酒場も何とかなるんじゃないですか?」
「そう、ですね」
「まあ、確かにな」
ミリィのちょっと嬉しそうな言葉に、ドーマもカイルも同意せざるを得ない。
あのラーハルトを倒した一撃は……ノーツ自身が言う通り「必殺剣」と呼ぶに相応しいものだった。
あの剣の腕さえあれば、イストファと2人であの幻影傭兵達の群れに前衛として斬りこむ事だって充分に可能だろう。
つまり、酒場の攻略の目途がたったといってもいい。
しかもノーツ本人がその技をもイストファに教えたがっている。
これも今後のイストファの為に良い事であるのは間違いない。
暗雲漂っていた6階層の攻略に差し込んだ、希望の光ともいっていいのだ。
……なのに、何故こんなに不安なのだろう。
ドーマは、僅かな胸騒ぎが考えすぎによるものなのか、それとも神からの何らかの天啓なのか……判断する事すら出来ずに、ぎゅっと拳を握っていた。





