教会では静かにするものだぞ
そして、5日後……第6階層。
何度目かの挑戦となるイストファ達は、この階層に幾つかの「拠点」が作られている事を知った。
それは6階層「追憶の幻影都市」が運の悪い者にとっては……そしてパーティメンバーが多い者達にとっては、難易度が大幅に上がることに起因している。
遥か古代のものとはいえ、王都レベルの都市を手分けすることも出来ずに、あてもなく探索する事。
「衛兵」や「夜盗」といった、建物外にも登場するモンスター……幻影人の数々。
それらの存在は、たとえ倒しても時間経過で現れるとしても、何処かの建物を複数人で占拠し「安全地帯」を力尽くで維持する必要性を生んだのだ。
そして、やがてそれは……幻影都市から物品を持ち帰ってほしい者達が出す依頼を中心に受ける者達や、此処から先へ進む事を諦めた冒険者達により一種の商売として運営される事になっていった。
つまるところ、過去の歪な再現でしかない幻影都市に新たな住人が生まれたといってもいい。
幻影都市の「住人」からとってみれば不法占拠を続ける盗賊の類でしかないとしても……それらが望まれ存在している、冒険者達への救いの手であることも、また確かで……たとえば幻影都市の西側にある「教会」も、その1つだった。
「あ、教会が見えたよ」
そんなイストファの声が、「夜」が近くなってきた幻影都市に響く。
彼の後ろに続くのは疲労をその顔に浮かべた仲間達で……しかし、それも仕方のない事だった。
「あー、くそ……なんだありゃ、有り得ねえよ……」
「流石に死ぬかと思いましたね……」
「あんなに数が居たら呪いきれませんよ……」
この日、イストファ達が挑んだのは「酒場」と思われる場所だった。
時刻は昼。だが……酒場の中は、幻影人の「傭兵」達でごった返していたのだ。
その数、およそ20体以上。イストファ達を見つけるなり席を立ち襲い掛かってきた幻影傭兵達を見るなりカイルが撤退の指示を出したのは英断だったが、そこに巡回中の「幻影衛兵」まで加わったのは不運というしかない。
結局のところ、イストファを先頭に突破したが……逃げ切った先で再び幻影衛兵達と出くわしたのはもはや、何事かというレベルではある。
「……考えてみりゃ、傭兵王国だもんな。昼間っから酒飲んでる連中が大勢いても不思議じゃねえ」
「とはいえ、あそこに鍵があったらどうするんです?」
「それだよなあ……」
溜息をつきながら、カイルは先頭を歩くイストファに視線を送る。
ドーマの新しい戦闘スタイルにも驚きはしたが、こういった場面でイストファの頼もしさは別格ではある。
もし、この幻影都市が魔法士だらけの「魔法王国」の再現だったりしたら別だったかもしれないが、傭兵王国は戦士が大多数だ。そういう場面では身体能力に長けたイストファの良い面が強く出る。
イストファ程ではないが、ドーマも少しの時間であればイストファとほぼ同等のスペックを発揮できる。だが、それであの酒場を攻略できるかといえば別だ。
「結局のところ、火力が足りてねえんだ。あの酒場に居る『幻影傭兵』どもは他の場所にいる連中より一段上の強さがあるのは間違いねえ。いくらイストファとドーマである程度抑えられるっていっても、一撃で斬り殺せるわけじゃねえしな」
数が居れば、当然何体かは後衛のカイルやミリィを殺すべく突っ込んでくる。
そしてミリィの呪いは複数を呪おうとすれば当然、1体あたりの呪いの強さは減ってしまう。
それでは、ほぼ一瞬程度しか抑えきれないのだ。
更にカイルの魔法でどうにかするにしても、大規模魔法でイストファ達を巻き込むわけにもいかない。
特に少しずつ成長している今のカイルの魔力でイストファを巻き込めば、間違いなく敵よりもイストファの方が重傷を負う。
「つまり、どうすればいいの?」
「教会にいる連中を雇って助っ人にするくらいしかねえか……?」
昨日教会に溜まっていた面々の顔を思い出しながら、カイルは歩く。
6階層で生き残っているのだから、当然それなり以上に腕は立つ。
イストファより強い者も、カイルより強力な魔法を使う者だって当然いるだろう。
思考の海に沈みかけ立ち止まるカイルをドーマが叩いて正気に戻したのを確認すると、イストファは教会の敷地の門を開き、中庭へと入る。
教会の敷地を覆う石の壁と、大きな木の門。
これが結構重要で、巡回する幻影衛兵の視線から隠れることが出来る。
そして過去の傭兵達にとって教会は特に縁のない場所だったのか、出てくるのが戦闘力の低い幻影司祭1人であることも、教会が拠点として占拠される重要な理由となっていた。
「……あれ?」
「どうしました?」
イストファの後を歩いていたミリィがイストファに続いて敷地内に入り、やはりきょとんとした表情を浮かべる。
「……誰もいませんね?」
「うん」
「え?」
「ああ?」
カイルとドーマも入ってきて、やはり驚いたような表情を浮かべる。
この中庭には、万が一誰かが幻影人に追われて逃げ込んだ時に対処するべく、拠点を運営する冒険者達のうち、何人かが用心棒のように立っていたのだ。
だが、誰もいない。
「……拠点を放棄したのか? だが……」
カイルの視線の先にあるのは、閉まった教会の建物の扉。
イストファもそこに視線を向け、頷いてみせる。
「……行くか」
いつでも武器を抜けるようにして、進み開け放ったドアの先。
「おいおい……教会では静かにするものだぞ」
其処に居たのは、イストファ達と同年代と思われる誰か。
幻影人とは明らかに違う「普通の人間の顔」を持つ、1人の剣士だった。





