はい、明日の話です
それは、確かな歴史的事実。
悪竜を打ち倒し国を救った英雄達も、勇敢にして無双を誇った王子の率いた一団も……ダンジョンの奥深くへ挑み、その後戻ってきたという話はない。
数百年の時を経て、未だ底知れぬ……それがダンジョンというものなのだ。
だからこそ、誰もが何処かで「それ以上下へ行くこと」を諦める。
「イストファ。お前とお前のパーティは頑張ってる。たぶん、ここ数年で一番の速度で潜ってるだろう。だからな、俺ぁ心配になる……ケイもな」
「フリートさん……」
「知ってるか? この町で一番下まで潜ってた連中な、もう1年は帰ってきてねえ。ダンジョンの奥で自給自足して頑張ってんのか、それとも……もう『居ねえ』のか。俺達には、それすら分かんねえんだ」
……分からない。それは一番残酷な結末だ。
英雄達も「ダンジョンの最深部の、その先へと辿り着いたのだ」と謡う吟遊詩人もいるが……そうやって、思いを馳せるしかないのだ。
「脅すつもりじゃねえ。だがな、お前が死ねば悲しむ奴が居る、お前の帰りを心配するやつが居る。それを覚えておいてもらいてえんだ」
「……はい」
「特にお前は毎回ケガしてるからな。いつか、帰ってこなくなるんじゃねえかって……そう思っちまうこともある」
そこまで言って、フリートは頭をガリガリと掻く。
「まあ、辛気臭い事言っちまったが……あー、なんだ。俺はお前を息子みたいに思ってる。その気になりゃ、鍛冶の仕事も仕込んでやる。限界だと思ったら、それ以上無理しなくていいんだ」
「ありがとう、ございます」
心配してくれていると、イストファはそれを強く理解する。
イストファにとって、家族というものにあまり良い思い出はない。
父とか母とか……あまり、愛情らしきものを貰った覚えもない。
だけど、それでも。戸惑いつつも……イストファは、確かな暖かいものを感じて微笑む。
「今は、まだ分からないですけど……その時は、お願いしてもいいいですか?」
「おう。任せとけ」
そう言うと、フリートはニッと笑い返してくる。
「ダンジョンはまた明日からか?」
「はい」
「そうか。なら、コイツを持ってけ」
「え、これって……」
カウンターの上に置かれたのは、一本のナイフ。
戸惑うイストファの腰に差したナイフを、フリートが指差す。
「それ、ダンジョンで拾ったナイフだろ? 安い拵えがずっと気になってたんだ」
「うっ……!」
確かに、以前フリートから買ったナイフは無くしてしまった。
思わず身体をビクッとさせるイストファに、フリートは大きく笑う。
「ハハハッ、何度も装備をブッ壊してるのに今更ではあるわな!」
「あ、あはは……」
「タダでやるよ。俺が昔使ってたお古だし、壊しても無くしても気にしやしねえよ」
鋼鉄製だぞ、と言いながらナイフの鞘を叩くフリートに、イストファは「えっ」と驚きの声をあげてしまう。
「そ、そんなの受け取れませんよ!」
「いいから持ってけ。ソレ無くしてもタダで次のをやる、なんて言わねえしな。だがまあ、俺からのお守りみたいなもんだな」
「お守り……」
「おう、代わりにその安っぽいナイフを置いてけ。それでいい」
少し考えた後、イストファはナイフを外してカウンターに置く。
そうして、その手にフリートから新しい……けれど古いナイフを手渡され、その目を正面から見つめる。
「ありがとうございます、フリートさん」
「おう。無事に帰って来いよ」
「はい、必ず」
頷き、イストファはナイフを腰のベルトにセットする。
ナイフを戦闘に使うような事態には、しばらく陥っていない。
だが……もし必要になれば、躊躇わずに使うだろうともイストファは思う。
戦う手段を選べるほど、イストファは強くないからだ。
だけど、可能な限り大切にしたいとも、そう思っていた。
「じゃあ、行ってこい」
「はい、行ってきます!」
フリートにそう返して、イストファは小さく「あっ」と声をあげる。
まるで今日これから行くかのような挨拶だが、ダンジョン探索は明日から。
それを思い出したのだ。
そして、フリートもそれを思い出したのだろう……「ま、明日の話だがな」と笑う。
「はい、明日の話です」
「だがまあ、明日の話を今日しちゃいけねえって法もねえしな」
「ですよね」
「くくっ、じゃあほれ、今日はしっかり寝て明日に備えとけ!」
立ち上がったフリートに背中を叩かれながら、イストファはフリート武具店を出て……その看板に、一礼する。
明日の自分、明後日の自分、その先の……遠い未来の自分。
今までイストファは、そんなものに明確なビジョンを抱いたことはなかった。
いつだって今日の事で精いっぱいで、「いつか」という想いに突き動かされながら生きてきた。
でも、今は違う。
カイルがいて、ドーマがいて、ミリィがいて。
手を伸ばした先に、足を進めた先に「明日」が見える。
だからこそ、イストファは強く思う。生き残ろうと、先へ進もうと……ダンジョンの奥深くへと進もうと。
まずは、第6階層。其処をクリアして、次へ進むべく……イストファは、決意を新たにした。





