手作りの温かみだってよ
「大丈夫ですか、ミリィ?」
「は、はい。呪いを破られた衝撃がきただけなので……」
「そういう点で呪法は問題だな。便利なのは確かなんだが……ちなみに複数相手にかけられたりはしないのか?」
「えーと、やろうと思えば出来るんですけど……」
ちょっと言い難そうにするミリィに、カイルは「難しいのか?」と聞き返す。
「難しいのもそうなんですが、一気に破られたりすると行動不能になりかねないので、どうしようもない時以外はあんまり使いたくないですね……」
「あー、なるほどな」
1つの呪いを破られただけでもかなりの衝撃がくるのに、複数の呪いが破られたら気絶しかねない。
戦闘中という状況で、それはあまりにも致命的だ。
「ま、それなら無理はさせられねえな。ウチで無茶するのはアイツだけで充分だ」
言いながらカイルが視線を向けると、周囲を警戒していたイストファが「え?」と声をあげる。
「僕って、そういう風に思われてたの?」
「別に悪いとは言ってねえぞ。お前が無茶しねえとどうにもならねえ事も多いしな。ミリィに真似されたら普通に死にそうだから言ってるだけだ」
「あ、なるほど」
「納得しちゃうんですね……」
ドーマが思わずといった風に呟くが、警戒に戻ったイストファはもう聞いていない。
ともかく、なんとか調子を戻したミリィを連れて4人は家の中へと入っていく。
すると、其処は……これまで入った家と比べると、少し可愛らしい内装だった。
机には綺麗な布がかけられ、椅子にもクッションが置かれている。
そして、その全てが女性向けで……実用性重視のこれまでの内装と比べると、格段に「可愛らしい」と言っていいレベルだった。
「おおー……」
「なんだか凄いね」
「落ち着かねえな」
「なんだかムズムズしますね」
目をキラキラさせているのはドーマ、感心した風なのはイストファ。
そしてカイルとミリィは何処となく居心地悪そうだった。
「ダンジョンが生成したものとは分かってますけど、手作りの温かみを感じますね。こんなものまで作り出すとは……」
「え、こういうのって作れるの?」
「作れますよ。たとえばこの壁掛けですが、色んな布を縫い合わせてですね……」
パッチワークの壁掛けを前に話し込んでいるドーマとイストファを見ていたカイルとミリィは顔を見合わせると、なんとも微妙な表情になる。
「……手作りの温かみだってよ」
「ボクにはよく分からないです……」
「俺もだよ。つーか武器だって家具だって職人の手作りだろうに。雑さを温かみって言い換えてるだけじゃねえのか?」
「そこ、煩いですよ!」
振り返ったドーマに怒られたカイルとミリィはサッと顔を逸らし、思い出したように家の中の探索を始める。
家具が多いという事は探す場所が多いということで、それだけ手間がかかるということでもあるのだ。
「でも、こういうのがあるってことは……此処が昔の町の再現だっていうのは本当なのかな?」
「……そうかもしれませんね」
そうでもなければ、ダンジョンがわざわざ素人の手作り風の壁飾りを再現する理由がない。
……まあ、ダンジョンにそんな合理性や思考を期待するというのも間違っているのかもしれないが、「そのまま再現したからこういうものがある」と考えること自体は、極めて普通の思考のはずだった。
「そうすると、この階層に出てくる幻影人って」
「それ以上はやめとけ、イストファ」
水瓶の中を覗いていたカイルが、そう声をかける。
「幻影人……イリュージョンモンスターは、所詮幻影でしかねえ。人ならざる瞳がその証拠だ。下手に想いを馳せたりなんかすると、剣先が鈍るぞ」
「……分かってる」
「ならいいんだが」
この6階層の最悪な部分が其処だ。
過去に存在した都市の再現。幻影人という、過去に存在したと思われる人間を模したイリュージョンモンスターの存在。
まるで人間であるかのように喋る彼等に対話を試みて死んだ者もいれば、現代では失われた知識や技術を求め探す者もいる。
……ごく少数だが、自分が過去に死に別れてしまった誰かに似姿であっても会えるのではないかと彷徨う者も、また存在する。
人に似ているというだけで、過去の再現というだけで、この6階層に地上の人々がかける期待は大きい。
ある意味で2階層の果物以上に、この6階層の物品を求める者は多いのだ。
「あっ」
「鍵か!?」
食器棚を探していたミリィのあげた声にカイルが振り向くが、ミリィが手に持っていたのは小さな箱だった。
「木箱?」
「鍵がかかってるみたいですね」
イストファとドーマも近寄ってきて、ミリィの手の中の箱を覗き込む。
丁度ミリィの手の中に収まる程度の大きさの箱は古びていて、そんな小さな箱にかけられた鍵が開けられる事を拒んでいる。
「どうする、カイル?」
「んー……まさか、この大きさで罠があるとも思えねえが」
開けなければ中を確かめられないのだから開けるしかないが、この中にトラップスミスの技術を持っている者は居ない。
試しにカラカラと振ってみると、中に何かが入っているような音がする。
「……よし、壊すか。イストファ、やっちまえ」
「え……」
「建物は壊せねえが、家具はその限りじゃない。思いっきりやっちまえ!」
「う、うん。分かった!」
箱を受け取ったイストファはそれを床に置くと、気合と共にファルシオンを振り下ろす。
そして、破砕音と共に箱は砕け……中から小さな宝石のようなものが転がり出てくる。
「……なんだこりゃ。見た感じはカッティングされたルビーみてえだが、魔力を感じるな」
それを拾い上げたカイルは疑問符を浮かべるが、「魔力の籠ったルビーのようなもの」ということくらいしか分からない。
「此処の住人の大切にしてたお宝……ってわけか。ま、外れだな」
あくまで当たりは鍵だ。そう考え溜息をつくカイルだったが、何もない床を探っているドーマを見て「ん?」と声をあげる。
その姿はイストファも当然見ていて「どうしたの?」とドーマに声をかける。
そんなイストファ達の前でドーマは……まるで目に見えない何かを掴んだかのように微妙に隙間の空いた親指と人差し指を顔の前に掲げてみせる。
「……3人とも、コレは見えてないんですね?」
「え? うん。ドーマの指しか見えないよ」
「ボクもです」
「ってことは……おい、まさか」
3人には見えない何かがドーマには見えているし、触れている。
その事実に気付き驚きの表情になる3人に、ドーマは「ええ」と興奮したような表情で頷く。
「どうやら……鍵の1つ目、見つけたみたいですよ」
ドーマにしか見えないその鍵の発見に、イストファ達は一斉に歓声をあげる。
これで、必要な鍵は……あと、3本。
新連載、開始しました。
「たぶん最強な私だけど、最底辺のE級冒険者~召喚に巻き込まれたけど、平穏に生きたいです~」
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