そう上手くはいかないよね
「くそっ、外れか」
「まあ、そう上手くはいかないよね」
言いながら、イストファは家の中を見回す。
なんだか妙に生活感のある光景は、ここがダンジョンの中であることを忘れさせてしまいそうだ。
「まあ、何もなかったというわけではないんですし」
「そんなもんで納得してたまるかってんだ」
言いながら、カイルは溜息をつく。
この幻影都市はその名の通り、幻影のモンスター達が住む都市型の階層だ。
人間を模すかのような彼等は当然ながら人間ではないが、こうして家や店の中に『暮らして』いるのだ。
当然ながら衛兵詰所のような場所には相応の脅威となる戦力が配置されており、そうでない場所にもモンスターがいて、それは一定時間で復活するのだ。
そんな中から他人には見えない「鍵」を探し出すのは、当然ながら並大抵の苦労ではない。
そして……「外れ」の場所にも、こうして稼ぎとなる宝が隠されている。
となると、それをメインの稼ぎとして先に進む事を諦める者が居ても不思議ではない。
そしてそれは、恐らくは2階層以上に稼げる稼ぎ方なのだ。
「とにかく次だ。此処は2階層と同じだ、長居すると堕落しちまうぞ」
「先に進めばどうにかなるってわけではないのが怖いね」
「ああ。ショートカットが存在しねえ。地味にヤベえぞ」
イストファが自分と同じ危機感を抱いている事に安堵しながらも、カイルは次に入るべき建物を見定めようとする。
……だが、それが無駄である事にも気づいてしまう。
冒険者ギルドで買った情報では、鍵の出現場所は完全ランダム。そこに法則を見つけ出すことなど……あるいは可能なのかもしれないが、今は実質不可能だ。
「とりあえず、次は隣だよね」
「ああ、頼む」
「うん」
イストファが隣の家のドアに手をかけると、今度は鍵はかかっておらず簡単に開く。
「あれ、今度は……」
「おい!」
「え、うわっ!」
ドアを開けた先に待ち構えていたのは、斧を振り上げた幻影人の姿。
カイルの声のおかげか、筋骨隆々の幻影人の振り下ろす斧を間一髪で避けると、イストファはファルシオンを振るう。
ギイン、と音をたててファルシオンと斧がぶつかり合い互いに弾かれ距離を取る。
そして、その直後にイストファが顔の前に構えた小盾にぶつかり弾かれたのは、一本の矢。
斧の幻影人の背後に弓を構えた別の幻影人がいる事にカイル達が気付いたのは、その時だった。
「此処デ終ワリダ! 覚悟シロ!」
「スグニ衛兵モ来ルワヨ!」
「げっ、やべえ!」
弓の幻影人の叫んだ言葉に、カイルは思わず叫んでしまう。
衛兵が来る。これはこの階層における危険ワードの1つだ。
「ドーマ! 後ろを!」
「はい!」
すぐに最後衛のドーマが盾を構え、メイスを握り周囲に視線を巡らせる。
そして聞こえてくる「アッチダ!」という声とガシャガシャと鎧を鳴らす音。
路地から走り出てきたのは鎧を着込んだ2体の幻影人……幻影衛兵で、盾を構え剣を握るその姿は、イストファと打ち合っている幻影人よりも実力が上に思えた。
「ミリィ、サポートお願いしますね!」
「任せてください! その歩みを、許さない……麻痺の呪い!」
紫色の光が1体の幻影衛兵に吸い込まれ、突然足が動かなくなった幻影衛兵が倒れこむ。
「いきます!」
この隙にと駆け出したドーマが盾を突き出し、残る1体の幻影衛兵の剣を防ぎ……生まれた隙にメイスをその胸元へと叩きこむ。
「グッ……」
「くっ、強い……!」
多少後ろに下がっただけの幻影衛兵に、ドーマは思わず舌打ちしそうになる。
パーティの中ではイストファに次ぐ腕力を持つドーマではあるが、イストファには遠く及ばない。
だが、ドーマは元々正面からの殴り合いが専門ではない。
そして……それだけが近接戦闘の全てというわけでもない。
ドーマは自分を斬るべく横薙ぎに振るわれた幻影衛兵の剣を素早くしゃがみこみ回避すると、盾をその場に投げ出し、そのまま足払いを食らわせる。
「はあああああ!」
体勢を崩した幻影衛兵の頭にドーマが強烈なハイキックを叩きこむと、そのまま幻影衛兵は横回転しながら近くの建物の壁に身体を打ち据え動かなくなり……ノイズと共に消滅する。
そして、ミリィの呪いをようやく破り襲い掛かってくるもう1体の幻影衛兵の剣を素早く拾った盾で防ぎ弾くと、メイスを構え直す。
「ミリィ! 大丈夫ですか!?」
「は、はい! なんとか……!」
呪いを破られたミリィがフラフラしているのを確かめる暇も無いままにドーマは打ち合い、やがてカイルの魔法と思わしき雷撃のような音が響くのを聞く。
「ドーマ!」
「はい、イストファ!」
幻影衛兵の剣を連続で受けていたドーマはシールドバッシュで弾き、バックステップで距離をとる。
そしてそのタイミングでダッシュで接近してきたイストファのファルシオンでの強烈な一撃が幻影衛兵を薙ぎ消滅させる。
「おつかれさまです、イストファ」
「うん、ドーマも……それとミリィもね!」
ドーマと拳を突き合わせ、そのままイストファはミリィへと駆け寄っていく。
そのぶつかった拳の僅かな余韻にドーマは薄く微笑み……自分もミリィを診るべく走り出した。





