いや、いい。聞きたくない
「とりあえずは、この正面の建物から……」
言いながらイストファは真正面の建物のドアに手をかける。
そのまま開こうとするが……ガチャリ、と鍵のかかった音がする。
「あ、あれ? 鍵かかってる」
「早速かよ……ツイてねえな。おいイストファ。此処の法則は分かってるな?」
「うん。建物は壊せない。『住人』は全て幻影系のモンスター、だよね」
「よし、ならノックだ。激しくな」
「分かった!」
カイル達が充分に離れたのを確認すると、イストファはドアをドンドンと激しく叩き始める。
「もしもーし! 居ませんかー!? もしもーし!」
しばらく叩き続けていると……中から足音がし始め、イストファは素早くドアから離れる。
やがてドアを乱暴に開けて出てきたのは、闇の溜まった虚ろな眼窩の中にチラチラと青い炎を宿した人間……のようで、絶対にそうではない何か。
布の服を纏い片手に剣を持った男はイストファを見つけると、即座に斬りかかってくる。
「オノレ盗人メ! 死ネエエエ!」
上段から振り下ろされる剣を最小限の動きで回避すると、イストファはファルシオンを横薙ぎに振るい真正面から男へ……幻影人と呼ばれるモンスターへと斬り付ける。
革鎧の防御を突破し深々と切り裂いた感覚を感じながらも、イストファはそのまま身体を回転させて再度幻影人へと一撃を入れる。
「ガッ……!」
ザザザッ、とノイズのような音を響かせながら消えた幻影人のいた場所にはカツンと音をたて小指の先ほどの大きさの魔石が転がり、イストファはそれを見てようやく「ふう」と小さく息を吐く。
「よし、絶好調じゃねえか!」
「ええ、今のは完全勝利でしたね!」
「すごいです!」
近寄ってくるカイル達にイストファは「今の人……じゃなくてモンスター、はあんまり強くなかったから」と苦笑するが、その肩をカイルがバンと叩く。
「なーに言ってやがる! 俺達2人がかりでゴブリンに苦戦してた時を思い出してみろ!」
「あー……うん。それはまあ……」
「だろ? よし、早速中入るぞ!」
そう、確かにイストファは強くなっている。
ファルシオンに慣れるために一階層に潜った時にもそれは感じていた。
だが……イストファはそれ以上の領域を知っている。
たとえば、デューク。恐らくデュークとイストファが戦うような事があれば、あのアサシンのように一撃で殺されるだろうと……そう確信していた。
ミノタウロスだってそうだ。
再度あの怪物と出会うような事があった時、イストファは今度こそ真正面から勝てるのか。
あの時の戦いを何度思い返しても、イストファは「絶対に勝てる」という確信には至らない。
それを考えると、自分が強いなどとは思えなかったのだ。
だが……上ばかり見ていても仕方ない事も、イストファは当然知っている。
カイルに背中を押されるようにして建物の中に入りながら、イストファは考えを振り払う。
「……豪華な家だね」
「ああ?」
「普通の家ですよ」
「え、立派な家ですよ」
立派な家派がイストファとミリィ、普通の家派がカイルとドーマだが……その理由をすぐに察したカイルとドーマがなんともいえない表情になる。
「……お前等の実家って……いや、いい。聞きたくない」
「イストファはなんとなく分かってましたけど……ミリィも苦労されてたんですね……」
言われてしまったイストファとミリィは顔を見合わせるが、なんとなく2人の言いたい事が分かるので無言のまま家の捜索を開始する。
ちなみに家の中にあるのは安っぽいが頑丈そうな木製の家具なので、一般的な感覚としてはカイル達の方が正しい。
「カイル。棚とかって罠ありませんよね?」
「宝箱の類じゃなきゃ問題ねえよ。たぶんな」
言われて食器棚を開けて中を確かめ始めるドーマと少し離れた場所では、カイルが机の下に何か貼り付けてないかを確認していて……ミリィは床に置いてあった洗濯籠をひっくり返して服のポケットなどを漁り始め、イストファは壁にかかっている絵を外して裏側を確かめていた。
「ねえな……床に隠し扉とかは……」
「……あ、食器棚の奥に袋が!」
「なにぃ、いでっ!」
机に頭をぶつけたカイルが痛みに転がっている間に近くにいたミリィが近づいていき「あ、ほんとですね」とドーマの手の中の小袋に視線を向ける。
「なんかチャラチャラ言ってますけど、これって……」
言いながら小袋を開けると、そこには数枚の銀貨らしきものが入っている。
「見たことない意匠ですけど、銀貨ですね……此処の住人のへそくりって事なんですかね?」
「え、でも此処の住人ってモンスターですよね? それも生き物じゃない幻影系の」
「そうですけど……カイル、どう思います?」
「うるせえ、まずは心配しろよバカ! イストファを見習え!」
慌てて駆け寄ってきていたイストファに助け起こされながらも涙目のカイルに、ドーマとミリィはちょっとだけバツが悪そうな表情を浮かべる。
「あー……すみません。イストファに任せておけば大丈夫かなって」
「ボクもちょっとそう思いました……ごめんなさい」
「友達甲斐がねえ連中だぜ……」
「まあまあ、カイル……」
イストファになだめられながらも、カイルはドーマ達の手の中の銀貨に視線を向ける。
「そりゃ古代銀貨だな。勿論本物じゃねえから本来の価値はねえが、それなりの値段にはなるだろ」
「じゃあ持って帰りましょうか」
「そうですね」
笑顔で頷き合うドーマ達を見て、カイルはイストファに視線を向ける。
「おい、どう思う。俺はあいつ等との友情を信じていいと思うか?」
「あ、あはは……まあ、モンスター相手じゃないんだし」
「こういう場面で駆け寄ってこそ友情だと思うんだよなあ」
ブツブツと言いながらもカイルも探索を再開するが……結局、この家の中でカギは見つからずに終わるのだった。





