ま、アタシが言う事でもないか
ミノタウロスとの戦いから数日後。
イストファ達は、臨時の助っ人を加え第5階層を進んでいた。
「うんうん、中々筋がいいねー。縮尺を頭の中にちゃんと作れてる」
「あ、ありがとうございます」
「元々マッピングは頭脳労働だから、術士には向いてるんだけどねー。どいつもこいつもトラップスミスの仕事だと思ってやがるんだから嫌になるなあ」
助っ人の名前は、ナタリア。イストファ達に絡んだ同年代の冒険者、コード達のパーティ所属のトラップスミスだ。
5階層の迷路に苦労し、マッピングについて酒場で会議していたイストファ達に助っ人を申し出てくれたのである。
そして今は5階層の中程で、ミリィの描いた地図のチェック兼休憩中であった。
「本当にありがとうございます。それに、マッピングの事まで教えてくれて……」
頭を下げながら言うイストファに、ナタリアは「にゃはは」と笑う。
「気にしないの、こんなの命のお礼としては安いもんだし。それにコードの馬鹿が護衛任務なんか受けやがったから、しばらく暇だし」
「あはは……」
「ったく、イストファ達に妙な対抗意識燃やしちゃってさー。ミノタウロスの件で分かりやすくショック受けてたし」
そう、イストファ達が第5階層でミノタウロスを倒したという話は冒険者ギルドに飾ってある斧のせいで、かなり広まっていた。
当然ベテラン冒険者の中には「今ならミノタウロスだって倒せる」と自負する者はいるが、5階層に挑んだ当時にそんな挑戦を出来たか……といえば否だった。
そしてイストファ達と同年代の冒険者達には5階層まで辿り着いていない者も多く、あるいは5階層をギルドの思惑通りにミノタウロスから逃亡しつつ抜けた者達もいた。
そうした彼等からしてみれば5階層でミノタウロスを撃破したイストファ達の話は強く……これ以上ないくらいに強く刺激を受ける話であったのだ。
羨望、感心、嫉妬……様々なものが入り混じった感情をこれから多く向けられる先にあるものが何であるかは今は分からない。
だが、ナタリアのように好意的に捉えてくれる者もいるのだ。
「つーかよお。対抗意識燃やしたんなら普通、ダンジョンだろ。なんで護衛なんかやってんだ」
そんなある意味で当然ともいえるカイルの疑問に、ナタリアは困ったように笑う。
「あー、ほら。ダンジョン潜ってるだけじゃ中々ランクアップできないでしょ? せめて腕輪の色だけでは先んじておこうって事みたいよ?」
「くっだらねえ……腕輪の色が変われば強くなるってわけでもあるまいし」
「まあねえ。でもまあ、そうやってコネが出来ていけば強い武具とかマジックアイテムを入手できる確率も高まるし、無駄とは一概には言えないかなー。で、ミリィちゃん。そこ間違ってる」
「えっ」
描いていた地図を慌てて見直すミリィに指で間違ってる箇所を指し示しながら、ナタリアは「それにしても」と言う。
「アタシからしてみれば、イストファ達の方が珍しいかな。宝箱を探すでもなく、依頼を受けるわけでもなく、階層を奥へと進んでいく……ストイックだよねー」
「そういうわけでもないんですが……まあ、然程興味がないのは事実でしょうか」
「宝箱は罠とか解除できそうにないしね」
そんな風に答えるドーマとイストファに、ナタリアは「ふーん」と頷く。
「普通はその辺の方針でモメたりするんだけど、そういうのもなさそーね。羨ましいなー」
「揉めるんですか?」
「揉めるよー、特にお金や名声が絡むとね。アタシみたいなトラップスミスは軽くみられる事もあるし、そういう意味ではコードは好きだけど」
馬鹿だけど強欲ではないしねー、と言いながら笑うナタリアに、休憩となった主因……カイルが、「ん?」と声をあげる。
「ならお前、なんで護衛任務についていかなかったんだ? パーティなんだろ?」
「あー……」
カイルの疑問に、ナタリアは笑顔から一転難しそうな顔になる。
怒りをこらえているような、仕方ないと諦めるような……なんとも言えない表情だ。
「最近、物騒だからねー。トラップスミスって裏稼業に近いし、護衛任務みたいなのでは依頼主が嫌がる事多いの。で、お留守番ってわけ」
「そんな……」
「そんなもんだよー? 逆に神官とか魔法士は何処でも重宝されるから、すんげえ増長するのもいるし。あ、2人の事じゃないよ?」
「分かってる」
「ええ」
「……はい」
魔法士ではなく実は呪法士なミリィはちょっと視線を逸らすが、そういう意味ではイストファ達のパーティは奇跡的な例とも言えた。
性格的には不和を招く要因が見当たらず、探索方針も同じ。
コード達のパーティでも多少なりとも反発し合い互いに何処かで譲っているのを見ているナタリアとしては、なんとも羨ましい話だった。
「ま、アタシの事はさておいて。ミリィちゃんのマッピングもそれなりになってきたし……そろそろお役御免かな?」
「別に暇なら6階層についてきてもいいと思うけどな、俺は」
カイルのそんな提案にイストファも「あ、いいねそれ」と同意し、ドーマ達も頷いてみせる。
「ナタリアさんさえ良ければ……ですが、確かに頼りになりますしね。しかしその場合、報酬をお支払いすべきなのでは?」
「ボク、相場とか分からないですけどどのくらいなんでしょう」
ナタリアを一時的に加える方向で和気あいあいと話しているカイル達にナタリアはポカンとした表情になった後、苦笑する。
「やー……嬉しいけど人をそんな簡単に信頼しちゃダメかなー。なんか心配になってくるよ」
「え? でも、ナタリアさんは良い人ですし」
「あーもー、本気で言ってるって分かるからタチ悪ぅい!」
「え、タチ悪い……?」
少しショックを受けるイストファの頭をガシガシと撫でながら、ナタリアは「ダメだよー、それは」と言う。
「たぶん、これからイストファ達は良くも悪くも注目されるよ。その中にはイストファ達を利用しようとしてくる連中も、縋りたいだけの連中も、たくさんいる……ちゃんと気をつけなきゃ。その純粋さは……」
言いかけて、ナタリアはやめる。
「ま、アタシが言う事でもないか。そっちのカイルはその辺得意そうだし」
「ハッ、当然だ」
「じゃ、そろそろ行こうか。さっさと抜けちゃお!」
暗闇ではなくとも、薄暗いところにいる自分にはイストファ達は眩しすぎるしね、と。
ナタリアは心の中だけでそんな事を呟く。
そして、それからしばらくしてイストファ達は6階層へと辿り着き、帰還の宝珠で帰還する。
結局ナタリアはそこから先の同行は固辞したが……ともかく、そうしてイストファ達の新たな探索が始まろうとしていた。





