俺も忘れてたんだが
その後、「街を見回ってくる」というデュークと別れ、イストファ達は5階層へとやってきていた。
地下迷宮と呼ぶに相応しい5階層の入り口で、カイルは思い切り身体を伸ばす。
「あー! 解放されたぜ!」
「余程苦手なんですね」
「いい人だと思うけどなあ……」
ドーマとイストファがそう言うと、カイルは物凄く嫌そうな顔を向けてくる。
「あのな。言っとくけど、アイツ程めんどくせえ奴も中々居ねえからな? つーかイストファ、お前も結構気に入られたみてえだが……いや、いいか。流石にねえだろう」
「え、何?」
「気にすんな。行くぞ」
「気になるよ」
「気にすんな」
絶対に答える気はないらしいカイルに諦め顔で溜息をつくと、イストファは先頭に立つ。
無理に聞こうとしても意味がないのは分かっているからだ。
それよりも、気持ちを切り替えなければいけない。
気を抜けば、死に至る。それが分かっているからこそ、イストファは両頬を叩いて気合を入れ直す。
「……よし、行こう」
「おう」
「ええ」
「はい」
それぞれの返事を受けながら、イストファは5階層の内部へと踏み出す。
石壁にかかった松明のおかげで内部はある程度明るいが、これまでと違い「地下迷宮」という感じの強い5階層の風景は、イストファ達に自然と緊張感を強いてくる。
情報が一切ないというのも、その緊張に拍車をかけているだろうか?
コツン、コツン、と響く音が得体のしれない不安を増幅させていく気すらしてしまう。
「またスケルトンでも出てくるかと思ったがな」
「アレはあんまり戦いたくないなあ……」
「ハハッ、確かに剣じゃやりにくいからな」
カイルが無理矢理に軽口を叩き、雰囲気を明るくしようとするが……先頭を歩くイストファの足が、十字路で止まる。
正面、右、左。分かれた道のどれが正解かは、地図のない今は分からない。
「……どうする、カイル?」
「んー……ていうか、ちょっと待て。俺も忘れてたんだが、今から言うぞ」
「うん」
「……この中に、マッピング出来る奴っているか?」
言われて、全員が互いの反応を確かめるように黙り込む。
そのしばらくの無言の後……カイルは「よく分かった」と頷く。
「とりあえず、今日のところは帰還の宝珠があるから適当に進むぞ。マッピングの問題はその後どうにかしよう」
「それがいいですね」
「え、いいの? 1回戻った方が良くない?」
ドーマが同意するのとは逆にイストファは慎重論だが、カイルはそれにゆっくりと首を横に振ってみせる。
「まずは第5階層がどんなもんかを把握するのが先だ。マッピングしなくてもイケるかもしれねえだろ」
「そうかなあ……」
「どうしても無理なら考えりゃいいんだ。モンスターについても探っておく必要があるしな」
カイルに言われ、イストファは「うーん」と悩むような様子を見せ……やがて、ミリィに視線を向ける。
「ミリィはどう思う?」
「え? ボクですか? えっと……とりあえず情報収集は間違いじゃないと思います。マッピングはできませんけど、分岐でどう通ってきたかくらいは紙に書けますし」
「そっか。それも……そうかな?」
筆記用具を取り出したミリィにイストファは頷き、とりあえず右へと進むことを決める。
そうして何度かの分かれ道を進んでいき……それでも、モンスターの一体とも出会わない。
「……出ないですね、モンスター」
「うん。気配も無いし」
ドーマにイストファも頷き、周囲を注意深く見回す。
だが、ゴーストがいるわけでもなければ天井に何かが張り付いているわけでもない。
本当に何もいないのだ。
「どういうことかな?」
「さあ、な……」
進んで、進んで……もしかしたら5階層にはモンスターが出ないのではと思い始めた頃、突然「その音」は響き始める。
ブフゥー、と。荒い鼻息のような音と……巨大な何かが歩く音。
反応するようにイストファが短剣を構え……全員がそれぞれの武器を構える。
聞こえてきたのは、少し離れた場所。
「なんだろう……」
「さあな。何かが来てることだけは確かだがな……!」
近づいてくる足音の正体を確かめるように、イストファは通路の先を見据え……かくしてソレは、その先の分岐から姿を現す。
イストファよりも……いや、先程まで一緒に居たデュークよりも大きな身体。
人間のものにも似た身体は、まるで筋肉の鎧を纏っているかのようだ。
片手に持つ斧は巨体に似合う大きさで、何もかも真っ二つにしてしまいそうな程。
そして、何より特徴的なのは……牛のそれに似た、頭部。
「え、えっと……牛の、獣人……とか?」
一縷の望みをかけるように呟くイストファに……カイルは「違う」と口にする。
「ミノタウロス、だ……マジかよ、こいつを相手にしろってのかよ!」
「ブオオオオオオオオオオ!」
「ちいいい! メガン・ボルト!」
文字通り光の速度で放たれた電撃を受けてミノタウロスが一瞬動きを止め……しかし、その身体には僅かな焦げ跡が残っているだけだ。
だが、それでも動きは止まった。
「ミリィ!」
「はい、その暴虐を許さない……麻痺の呪い!」
紫色の輝きがミノタウロスを包み、しかし一瞬で振り払い……ミリィが弾かれたようによろめく。





