相手の行動を絞り込め
「うわっ……!」
ゴロゴロと転がるイストファを止めて引き起こしたのは、やはりデューク。
イストファの転がった方向へとすでに移動していたのだ。
「転がって一度距離をとるのは、場合によっては正しい。だが、転がる方向を調整し相手の隙を突く方法もある」
「は、はい」
「何故か分かるか?」
「え……っと」
立たせてもらったイストファが悩んだその一瞬でデュークはイストファの視界から消える。
態勢を低くしてタックルしてきたのだと気づいたのは、その次の瞬間。
イストファはあっという間に抱え上げられ、「こういうことだ」というデュークの言葉を聞くことになる。
「相手の隙を突く簡単な方法は視界、あるいは意識から消える事だ。ゴブリンが死を装うのも、分類としてはこれにあたるな」
死んだと思えば自然と注意が逸れる。
つまるところ、ゴブリンは種族全体としてそうした相手の隙を突く術に長けているのだ。
「次に、武器だ。武器の種類、そして間合いは重要な情報だ。言ってみれば、君が短剣を構えたその時点で相手は君がどういう攻撃をしてくるのかについて絞っている」
「そいつ、盾も投げるぞ」
「有効な戦術かと。相手の集中を乱すにも良い策です」
カイルにそう答えながらイストファを下ろしたデュークは、イストファが自分の腰の剣を見ている事に気付く。
「どうした?」
「……あの時、デュークさんがアサシンを斬る一瞬だけ剣を抜いていたのは……そういうことですか?」
そう、デュークがアサシンと戦った時、通り過ぎ切り裂く一瞬の間だけ剣を抜いていたのをイストファは見た。
それもそういう、自分の攻撃の種類や間合いを絞らせない為かとイストファは考え、デュークも頷く事で肯定してみせる。
「そういうことだ。もっとも、あれは複数相手の戦闘には向かない技だ。君がダンジョンで使うには向かないだろう」
「なる、ほど」
「常に相手を翻弄し、予想を外す事を心がけるといい。それが出来れば、君は今よりずっと強くなるだろう」
結局のところ、デュークから見たイストファに足りないものは「相手を騙す技術」だ。
こればっかりは本人の適正もあるが、素直すぎる剣筋は弱点にしかならない。
「では、かかってきたまえ。私の意表をついてみせろ」
「はい!」
イストファが短剣を仕舞おうとすると、「仕舞わなくていい」と声をかけられる。
「え、でも」
「心配は要らん。私に剣を抜かせるようなら、君の勝利だ」
馬鹿にしているようにも思えるその言葉に、イストファは答えない。
無言で短剣を構えると、地面を蹴り一気に踏み込み小盾をデュークの胸部に向けて叩きつけようとして……しかし、デュークに即座に腕を跳ね上げられ腹に膝を入れられる。
「ぐっ!」
「いきなり盾を使うのは良し! だがまだ遠慮があるな!」
よろけたイストファはそのまま膝をつく……と見せかけて、足払い。
だが、それも極まらない。デュークはビクともせず、逆にイストファを蹴りで弾き飛ばしてしまう。
「狙いはいい! だが自分の力でそれが可能かを考えるのも大切だ!」
「くっ……!」
弾き飛ばされながらも、イストファは足を踏ん張ってデュークを睨みつけるように前を向く。
パワーには結構自信があったが、明らかに力負けしている。
ならば、力尽くでどうこうというのは不可能……ということは。
「それなら!」
「甘い!」
態勢を低く走り抜けようとしたイストファを、デュークは素早く捕まえ放り投げる。
流石に何度か投げられれば慣れたのか、イストファは猫のように回転し着地し、デュークから目を離すまいと睨みつける。
「……そうだ、それでいい。相手から目を離すな。敵の狙いを知るだけでなく、誘うんだ。罠に追い込むように、相手の行動を絞り込め。それが最適だと思い込ませるんだ!」
イストファの投げた小盾を即座にキャッチしてデュークは投げ返し、それを更にイストファが短剣で弾きキャッチする。そして……間髪入れずに再び小盾を投げつける。
「同じ手が……何ッ!?」
ほぼ同時に投げられたのは、短剣。
ブーメランのように投げられる2つを視認し、デュークは……一瞬、イストファを見失う。
小盾を手で弾き、短剣を避けて……デュークは通り過ぎた短剣を、何者かが受け止める音を耳にする。
そして響く、風を切る音。
イストファの繰り出した短剣は、デュークの剣によって受け止められていた。
「……見事だ。だが、私が避けるという確信があったのか?」
「だって両手が塞がったら、胴体ガラ空きじゃないですか。そんな大きな隙は作らないかなって」
「ふむ」
頷いたデュークは素早く身体を回転させると膝蹴りでイストファの短剣を弾き飛ばし、自分の剣とイストファの短剣を両手に持つ。
「あっ……」
「まだ見込みが甘い点はあるな。武器をこうして全て失った時、体術で対抗せざるを得ない事まで考慮すべきだな……そのナイフでどうになるとは思っていないだろう?」
イストファに残った小さなナイフを見て言うデュークに、イストファは「……はい」と少し落ち込んだように答えて。
デュークは剣を鞘に納めると、短剣をイストファに差し出す。
「とはいえ、私に剣を使わせた……いや、私の視界から逃れ後ろをとった。これは驚嘆すべき事だ。たとえば、君があのアサシンと再度相対したとして、もう1度後れをとるとは私には思えないな」
短剣を受け取ったイストファの頭をデュークは軽く撫で、笑う。
「合格だ、イストファ」
「ありがとうございます」
「……だが、やはり気軽に武器を投げるべきではないと思うぞ」
「……はい」
「別に剣が剣士の魂だとか古い事を言うつもりは無いが、相手に利用される可能性は常に考えるべきだ」
「ご、ごめんなさい」
すっかり小さくなってしまうイストファだったが……デュークが怒っている様子はなく、何処となく満足そうなのが、ドーマ達には印象深く見えていた。





