僕も、そう思う
「あの、ごめんなさい。お断りします」
「……ん?」
目の前で頭を下げられたデュークは、思わずそんな声をあげてしまう。
断られたらしいことは分かった。
しかし「何故か」ということにまで理解が及ばなかったのだ。
「な、何故だ?」
「僕がその話をお受けすると、まるでカイルを使って得っていうか……ズルいことしたみたいで、なんだか嫌なんです」
言われて、デュークは呆気にとられたような顔になる。
そんなつもりはなかった。なかったが……なるほど、まるで報酬と引き換えにカイルの説得を頼んだようにも聞こえてしまう。
「……そうか。いや、これは私の失言だな。そんなつもりではなかったんだが」
「いえ、僕こそ……好意で言ってくれてるのは分かるのに、ごめんなさい」
「構わない。だが……ふむ。流石にカイル様の親友だな」
デュークの言葉に、イストファは嬉しそうに笑い……やがて、ドアが静かに開きカイルが顔を出す。
「……黙って聞いてれば、何やってんだお前等。俺の居ない所で俺を話題に分かり合ってんじゃねえよ」
「これはカイル様。おはようございます」
「おはよう、カイル。今日は早いね」
「おう、おはよう。そいつがいるからな、念の為早めに起きてみたんだが……ま、正解だったな」
そう言ってカイルは部屋の中に入ってくると、イストファの肩を叩く。
「妙な遠慮してねえで、技術とやらを有難く教えて貰えよ」
「え? でも」
「……次『うん』以外で答えたら、あの武器屋の娘にお前がアサシンとやり合ってボロボロになったってバラす」
「うっ……う、うん?」
それは心配させそうだから嫌だな……と思ってしまったイストファに、畳み掛けるようにカイルは懐から魔石を取り出してみせる。
「お前がそうやって何か無茶して装備壊した時の為に、ドーマと相談して魔石も用意しててな……いやあ、早速役に立ちそうでよかったぜ」
「ご、ごめん。でも、そんな迷惑かけるわけには」
「うるせえ。悪いと思うなら大人しく装備直して、そいつから技術習っとけ。どうせお前の師匠はほとんど技術なんざ教えてねえだろうが」
コツコツと魔石で突いてくるカイルにイストファが追い詰められたように「うん」と頷くのを見て、デュークは思わず「ふふっ」と笑い声を漏らしてしまう。
「ああ、いや、失礼。イストファ君、今のカイル様の言葉は一つ訂正させてもらいたい」
「え?」
「昨夜、衛兵隊から聞いたのだが……君の師匠はあのステラ殿だろう?」
「はい。それが……」
「私がまだ無鉄砲だった頃、彼女にコテンパンに負かされていてね。だから、彼女が技術を教えていないというのなら……その理由も推測できる」
デュークは机の上に置かれた、砕けたままのイストファの短剣に視線を向け「おそらくだが、間違っていないだろう」と呟く。
「ステラ殿は、武術に関してはどの流派にも師事していない。だが、彼女はおよそ現存するほぼ全ての流派を打ち負かしてもいる」
「え、ええ……?」
「ていうかあの女、幾つなんだよ……聞いてみてえけど、聞いたらやべえ気もするな……」
そんなカイルの言葉をイストファはなんとなく本能的にスルーし「初めて聞きました」とデュークに返す。
「言う事でもないと考えているのだろうな。そして私が彼女と戦った時だが……とにかく、一度見せた技は二度と通用しない。控えめに言って、悪夢のような人だったよ」
「うわあ……」
「うげえ……つくづくバケモンだな」
「だが、今の私にもある程度理解は出来る。武術の型に縛られてしまえば、彼女のような達人にとっては攻撃内容の事前申告と然程変わらないのだろう。逆に言えば、そうした既存の型に縛られない……いや、存在しない動きこそが彼女の理想なのだろう」
それは、色々な意味で難しいものではある。
武術とは動きの最適化の1つの答えであり、戦いを制するための理想でもある。
当然、やっている者とやっていない者では相当に差が出るはずだが……。
「どんな武術も最初は存在しなかった。言ってみれば先人の最適解こそが武術であり、今を生きる者には別の最適解も存在するはず。恐らく今の君は、それを積み上げているはずだ」
「それって……僕だけの武術……ってこと、ですか?」
「というよりは戦闘法だな。武術とはあくまで、他人に教える為に体系化されたものだ」
つまり、とデュークは語る。
「私が君に教えようと思っているのは、人間相手の技術……すなわち、虚をつくということだ」
「虚……」
「アサシンは、そういう技に長けている。君はあまりそういうのは得意そうには見えないが……知っておいて損はない」
たとえばゴブリンだ、と。
その言葉にイストファはピクリと反応する。
ゴブリンはずるがしこい。ステラのその言葉を、今更ながらに思い出したのだ。
「人型のモンスターは、時としてこちらの心理的な隙を突いてくる……その突き方を知るということは、防ぐ事にも繋がる」
「ほー……思ったよりはずっと良さそうな話じゃねえか」
「うん。僕も、そう思う」
ひょっとしたら見逃していた、ステラからの宿題。
それを見つけたかもしれないと考えた時……イストファは、心の中で燃え上がるものがあるのを感じていた。





