ただの友達じゃなくて
そして、翌日。イストファは部屋の扉をノックする音で目を覚ました。
まだ日が昇り始めた頃で、時間としてはかなり早い。
ステラであれば鍵を開けて入ってくるはずだから、ステラでないのは確かだ。
ならば一体誰が……と寝ぼけた頭で考えて、イストファは「それ」を思い出す。
「デュークだ。イストファ君、起きているか?」
「あ、はい。今開けます!」
パタパタと扉まで走っていって開けると、そこにはデュークの姿があった。
「おはようございます、デュークさん」
「ああ、おはよう。朝早くからすまないね」
「いえ。それで、どうしたんですか?」
カイルの元ではなく自分の所に来たのが不思議でそう聞くと、デュークは「たいした話ではないよ」と答える。
「私は君に興味をもった事になっているからな。こうして訪ねるのは普通の事だろう」
「あー……」
そういればそんな話もしていたが、建前の事だと思っていただけにイストファは曖昧に頷く。
「それに、例の事件に関しては君も当事者だからな」
「……えっと、入りますか?」
「お邪魔させて頂こう」
部屋の前で話す事でもないと判断したイストファはデュークを招き入れ、そうして2人は再び向き合う。
「端的に言うと、この街にアサシンの残りが潜んでいる可能性は低いと判断した」
「えっと……それはどういう」
「あの後、衛兵隊の本部に行ってね。カイル様の事情をぼかした上で暗殺事件について情報提供し協力要請した」
そうして、デュークは街中で発生している殺人事件について調査し、暗殺計画に関連していると思われるものをピックアップしていった。
その結果分かったのは……アサシンのものとは思えない雑な手口が多いということだった。
「これは私見になるが、この街の治安低下をカイル様の殺人事件の理由に絡めるつもりであったように思える。件の「黒幕役」がどうこうというよりは、その裏にいる者が絵図を描いたと見るべきだろうな」
「それって、昨日カイルが言ってた権力争いの……」
「あまり公言はしない方がいい。今のところ、証拠は何一つない話だ……君に不利になる」
「……はい」
お貴族様、あるいは王族に逆らっても何一つ良いことがない事くらいはイストファも知っている。
だからこそ素直に頷くイストファに、デュークも頷き返してみせる。
「それでいい。あまり関わる話でもない」
「あの、それで……アサシンがいなくても、治安低下はそのままなんですよね?」
「ああ。だがそれは私ではなくエルトリア迷宮伯殿の権限の下、この街の衛兵が解決すべき事柄ではある。私が首を突っ込み過ぎても、ロクなことにはならん」
「そうなんですか?」
「残念な事にな。私が手を出し過ぎれば、エルトリア迷宮伯殿の内政能力を疑う方向に仕向けようと企む者も出る」
言いながら、デュークは軽く溜息をつく。
かくも政治や権力の話は複雑怪奇で、善意よりも悪意が満ちている。
「まあ、この街の衛兵は優秀だ。アサシンに武器を供給されたならず者どもが駆逐されるのも、然程の時間はかからないだろう」
「では、その……デュークさんはもう帰るってことですよね?」
「ああ。最初の目的を達成したら帰ろうと思う」
「最初のって……カイルの成長を見るとかっていう。でも、昨日見たのでは?」
イストファが首を傾げると、デュークは苦笑してみせる。
デュークとしてはそれでもいいのだが、デュークをエルトリアまで遣わした王は納得しないだろう。
もっと、具体的にどう成長したかという話を求められるのは確実だ。
「そういうわけにもいかない。だから、カイル様の成長具合をこの目で確かめるべく……君達のダンジョン探索に少しだけ同行させてほしい」
「えっ、でもそれは僕1人で決める事じゃないですし……それこそカイルに聞かなきゃダメだと思います」
「その通りだ。だが、その前に君にも話を通しておこうと思ってね……カイル様の、ご友人なんだろう?」
「はい、僕とカイルは友達です。その……王子様とかそういうのとは、関係なく」
即答するイストファをデュークは見つめ、しかし「あっ」と声をあげたイストファに疑問符を浮かべる。
「えーっと……」
「うん?」
「親友、です。ただの友達じゃなくて」
ほんの少しだけ照れたように言うイストファに、デュークが浮かべたのは微笑。
本気で言っていると理解できると同時に、イストファがどういう人間かも理解できていた。
真っすぐで、純粋。王宮には絶対に居ないタイプの人間だ。
だからこそ、カイルと……第4王子カイラスと仲良くなったのだろうと、そう思う。
王宮に居た頃のような「トゲ」がほとんど残っていないのは、イストファの影響なのだろうと、そういう風にもデュークには思えた。
だからだろうか。普段ならばしないような提案を、デュークは口にしていた。
「君達への同行に関してだが……無論、タダとは言わない。君の師匠による育成方針を邪魔しない程度に役立つ技術を教えよう。それは、君があのアサシンに後れをとった理由でもあり……君が一つの壁を超える為の助けでもある」





