話せば長くなるんですが
やがて施療所に辿り着いたイストファ達は、ベッドで医者に治療を受けているナタリアを見下ろしていた。
「……これで使われていた毒は抜けました。しかし、こんな強力な麻痺毒は初めて見ます」
「恐らくは何処かのダンジョンの深層で見つかったものだろうな。ダンジョンはまだ誰も全容を解明していない……駆け出し冒険者の対毒防御を破るものがあったとしても不思議ではない」
「しかし、それは……」
「ああ。分かっているとは思うが、この毒の件については内密に頼む。無用の混乱は避けたい」
青い鎧の男の言葉に医者は頷き、眠ってしまっているナタリアをそのままに一礼して部屋を出ていく。
扉が閉まり、医者が立ち去っていく音を聞き届けると……青い鎧の男はイストファへと向き直る。
「さて、そういえば自己紹介もまだだったな。私はデューク。フィラード王国、蒼盾騎士団の団長だ」
「王国の……偉い人なんですか」
「その言い方には少々間違いがあるが……まあ、多少の権力があることは否定しない」
そもそも蒼盾騎士団とは数ある王国騎士団の中でも軍事的な性格の強い騎士団だ。
その任務は王国内の特に凶悪な不穏分子の討滅にあり、対象はモンスターから盗賊まで様々だ。
言ってみれば、王国騎士の中でも特に実戦に慣れた者達が集まる場所でもある。
「えっと……そんな人が、何故此処に?」
「たいした話ではない。話をそう大きくするのは本意ではないので、私1人で動いている事情もある」
「そ、そうですか」
「と、言いたいところではあったのだが」
言いながら、青い鎧の男……デュークはイストファをじっと見る。
「どうにもこの街で何かの陰謀が渦巻いているように思える。此処に来る途中で盗賊達に襲われたが、アレも今考えるとおかしい。アサシンの仲間と考えるのが妥当だ」
「それって……」
イストファはトラップスミスギルドで聞いたことを思い出すが、目の前の男にそれを言っていいか分からず思い留まる。
それを同意と捉えたのか、デュークは頷いてみせる。
「君も気づいたか。単独で動くアサシン共が組んでいる。これは相当の大物を狙っていると考えるべきだ。そしてそれは、恐らく私の目的……探している人物と関係があるように思える」
「あ、えっと……」
「ん?」
「その……さっきのアサシン、どうにも僕が狙いみたいな事を言ってたんですが……」
「どういう意味だ?」
「話せば長くなるんですが」
「聞こう」
近くにあった椅子に座ったデュークはイストファにも椅子を勧め……そして、イストファはミリィの事を微妙にぼかしながら呪法士をめぐる一連の事を話していく。
そしてイストファから話を聞いたデュークは顎を撫でながら「ふむ……」と何かを考えるように頷く。
「呪法士差別か。地方でそういった問題は実際に根強い。それを隠れ蓑にしたか」
言いながら、デュークはイストファに視線を向ける。
「ところで、先程君が言っていた『お貴族様っぽい』仲間についてだが……名前、いや職業は?」
「魔法士ですけど」
「そうか。ひょっとして赤髪か?」
「え? えっと……」
「私の探している人物と同じであれば、恐らくは頭でっかちで体力がゼロに近い……そうだな、身長は君と同じくらいの男子のはずなんだが」
「あの……」
「ついでにいえば、ひょっとすると言動の端々に尊大な態度が染み出ているかもしれない。もしかすると、だが……『カイル』と名乗っている可能性もある」
あ、これ絶対探してる人はカイルで間違いないな、とイストファは思う。
デュークの言うような「カイル」が2人も3人もいるとは、とてもではないがイストファには思えなかった。
「その『カイル』って人を、デュークさんはどうして探してるんですか?」
「ああ。もし君の仲間の『お貴族様っぽい』子が私の探している人物と同じであれば、君が狙われた理由にもある程度の説明がつくからな」
「それは、どういう……」
「……今はこのくらいにしておこう。そこの子も、目を覚ましたようだしな」
「ギクッ」
デュークにジロリと睨まれたナタリアの耳が動き、「あはは……」という笑い声が漏れる。
「あ、アタシは何も聞いてないデスヨ?」
「うむ。それが利口だ。今夜は此処で休んで、何もかも忘れて帰るといい」
そう言って立ち上がると、デュークは「行こう」とイストファの肩を叩き促す。
「あ、はい。えっと……ナタリアさん、お大事に」
「うん。あの、イストファ……今日はありがと。この恩は、きっと返すよ」
ちょっと恥ずかしそうな顔で言うナタリアにイストファは笑顔で頷いて、デュークと共に施療所を出る。
「それじゃ、デュークさん。僕もこれで……」
「待ちたまえ。先程確信したような顔をしてただろう。君の仲間は『カイル』で間違いないな?」
「そのー……カイルはいい奴です。何も悪いことは……」
言われてデュークは目を丸くして、やがて大きな声をあげて笑い出す。
「はは、はははは! 違う違う! 別に私は犯罪捜査をしているわけではない!」
「……そうなんですか?」
「ああ。いや、これは私の説明が悪かったな。蒼盾騎士団の業務を説明した上で『貴族っぽい少年』の話に食いつけば、誰もがそう思うだろう」
言いながら、デュークは目の端の涙を拭う。
「何も問題はない。まあ、君の仲間の『カイル』は私を見てあまり良い顔はしないだろうが……別に危害を加えにきたわけじゃない。それは誇りにかけて約束しよう」





