褒められても、嬉しくない
短剣を握り、イストファは叫ぶ。
転がっている小盾を拾う余裕はない。
そしてナタリアは動けないままだ。つまり、イストファがどうにかするしかない。
だが、どうすればいいのか。
アサシンの言う通り、対人技術ではアサシンが遥かに上。単純にスピードでもアサシンの方が上だ。
マトモにやっていては勝ち目はない。
ないが……そんなものは、これが初めてというわけでもない。
ふう、と小さく息を吐いて、イストファは短剣をゆっくりと構え直す。
相手をしっかりと見据えるその眼差しに、アサシンは僅かに感心したような目を向ける。
「……未だ冷静さを失わないか。たいしたものだ」
「褒められても、嬉しくない」
「くくっ、だろうな!」
思わずといった様子で笑い声を漏らしながら、アサシンも短剣を構え直す。
「一応言っておくとな。俺は、お前には何の恨みもない。だがモンスターを殺すようにお前を殺せる。そして、これ以上時間をかける気もない……次で、殺す」
「僕は、殺されたりなんかしない」
「言うのは自由だ」
それが、交わすべき言葉の最後。
アサシンの殺意とイストファの戦意がぶつかり合い、同時に駆け出していた。
首を狙ったアサシンの一撃は、しかしイストファに読まれている。
如何にアサシンの武器の方が高性能であるといえど、確実に殺そうとするにはそこしかない。
だがイストファには今、小盾がない。
迎撃したイストファの短剣とアサシンの短剣がぶつかり合い、ついにイストファの短剣が砕け折れる。
だが、同時にイストファのつま先がアサシンの膝を蹴り抜き……アサシンはくぐもった悲鳴をあげてよろめく。
「うわああああああああああああ!!」
叫び放ったイストファの拳がアサシンの腹に突き刺さり、仕込んだチェインシャツの上からでも響くダメージが伝わっていく。
「う、ぐお……!」
「そ、こだあああ!」
「なめるなあああああ!」
アサシンは更なる追撃を狙ってくるイストファを蹴り飛ばし、再び地面へと転がし荒い息を吐く。
「く、そっ……げほっ、とんでもないな……!」
言いながら、アサシンは手の中で短剣をクルリと回し逆手に構える。
「……お前を殺すのが、このタイミングでよかった。もう少したっていたら、俺では手に負えなかったかもしれん」
男とて、アサシンとしての自分の実力には多少の自信があった。
この街に潜んでいる中では上の方だと思ってはいるし、この仕事を持ってきた奴よりも上だと自負している。
だが、そんなアサシンをもってしてもイストファの成長速度は相当のものだった。
これほどまでに成長が早いとなると、何かの能力が犠牲になっているとしか思えないが……とりあえず、どうでもいいことだ。
あとは、この短剣を突き立ててやるだけで最初の仕事が終わる。
「じゃあな。なに、そこの猫耳も殺しておいてやる。死出の旅も寂しくはない」
言いながら、アサシンは短剣を振り上げ……しかしその瞬間、弾かれたように大きく飛び退く。
「な、なんだ今のは!?」
ぶつけられたのは、殺気。
まるで本当に斬られたかのように凄まじいそれに、アサシンは覆面の下でドッと汗を流す。
なんだ、今のは「何」だ。
まさかあの女が……ステラが戻ってきたのか。
そんな事を一瞬のうちに考える男の耳に……地面を踏みしめる音が響く。
ステラではない。その安心は、次の瞬間には驚愕に変わる。
そこにいるのは、一見すれば派手な鎧を着た男に過ぎない。
だが、纏っているのは特徴的な装飾の施された青い鎧。そのあまりに特徴的な装備を許されているのは、この国でも数少ない。
ましてや、王家を守護する「薔薇の盾」の紋章を許された人間と言えば、1人だけ。
そして何より、その長い黒髪と冷徹にも思える面差しを知らない人間はほとんど居ない。
「な、なんでお前が……そんな情報はなかったはずだ!」
「……ふむ」
青い鎧の男は周囲を見回すと、冷たい瞳でアサシンを見据える。
「只事ではないと思い急いだが……正解だったようだな」
言いながら、青い鎧の男はナタリアとイストファを庇うように立つ。
「このような子供を狙うとは……アサシンの中でも下衆の類のようだ」
「……お前に何が分かるってんだ。ええ? 蒼盾騎士団長様よ! 順風満帆な人生を生きてる王国の騎士様のくせに!」
「分からんな。堕ちるのに善悪はないが、染まったのはお前の選択だ」
「知った風な口、を……?」
言った瞬間、アサシンは目の前から青い鎧の男が消えた事に気付く。
カチャン、という納刀の音が後ろから響いたのは、その一瞬後のこと。
「知った風ではなく、知っている。染まらず足掻こうとする、その尊い意思をな」
「な、あ……がっ……」
深々と胴を裂かれ地面に倒れたアサシンをそのままに、青い鎧の男はイストファ達の下へと戻ってくる。
「い、今凄い速さで……」
「ほう、見えたのか? ふむ……」
砕け地面に落ちた短剣を拾うと、青い鎧の男はイストファにそれを差し出し微笑む。
「ガールフレンドを守ったのか。頑張ったな」
「あ、いえ。えーと……」
むしろ「知人」くらいの間柄です、とは言えずにイストファは曖昧な笑みを浮かべ、すぐに気づいたように「あ、ありがとうございます! 助けてくれて!」と立ち上がり頭を下げる。
「気にする必要はない。たまたま気付いたから来た、というだけの話だ」
そう言うと青い鎧の男はまだ動けないままのナタリアを抱き上げる。
「とにかく、まずは休めるところに行こう。この子に使われた毒も解毒しなければ」





