絶対に、嫌だ
毒の類は冒険者には効かないはず。
少なくともイストファはステラにそう教わっていた。
けれど、今現実としてナタリアは動けなくなってしまっている。
それがイストファには不思議なのだが……今は、それを解決している暇はない。
「……」
ナタリアを庇うように立ちながら、イストファは男との距離を測る。
恐らくは、この男が先程聞いたアサシンで間違いないだろう。
だが、そんな連中が何故イストファとナタリアを狙っているのか?
それを聞いても先程のように、男は……アサシンは答えはしないのだろう。
ならば、今頼るべきは手元の短剣しかない。
それを理解するからこそ、イストファは迷いを自然と捨て去っていく。
そうして最適化された思考は、アサシンの再び放った複数の針を的確に捉え小盾で弾き……同時に接近してきていたアサシンの短剣を真正面から受け止める。
ギイン、と響く鈍い音は2つの短剣がぶつかり合う音。
だが鍔迫り合いは起こらない。
イストファの振るう小盾に気付き、アサシンが一瞬早く後方へ跳んで回避したからだ。
「……中々に鍛えている。惜しいな、お前なら冒険者として名を上げる事も出来ただろうに」
「……お前に何が分かる」
「分かるさ。5階層までの到達の速度、そして5階層到達程度だというのに、その強さ。憎たらしい程の才能だ」
「……!」
イストファの到達階層を知っている。
隠しているわけではないが、積極的に広めているわけでもない。
何らかの偶然で知った可能性もないわけではない。
だが、イストファは「とある可能性」を想像せずにはいられない。
「まさか、狙いは……!」
「さて、な」
イストファの振るう短剣を回避し、アサシンの短剣がイストファの死角から繰り出される。
気付いたイストファが即座に短剣を引き戻し弾くが……一瞬遅れて、イストファの胴を守るチェインシャツが浅く斬り裂かれる。
「くっ……!」
「中々いいモノを着てはいるようだが……その程度では俺の短剣は防げんぞ」
それはイストファも理解している。
イストファの鎧は黒鉄製になるまで育ててはいるが、男の短剣はそれよりも格上……おそらくは鋼鉄の短剣だろう。
このまま打ち合いを続けていれば、鎧だけではなく短剣も先にイストファのものの方が壊される。
そして、おそらく。おそらく、なのだが……アサシンの狙いはイストファだ。
だが、どうして。どうしてイストファが狙われるのかが分からない。
分からないが……ここで勝つしか、生き残る方法は無い。
その理不尽に、イストファは奥歯を噛み締める。
「……僕は、こんな事をする為に冒険者になったわけじゃない」
「誰もがそう言うのさ。俺だって、最初からこの稼業を目指してたわけじゃあない」
「なら、やめればいい」
「そう上手くはいかんさ。生きてる以上、しがらみに縛られる……お前の死もそれと同じって事だ!」
アサシンの速度が一気に上がり、剣戟の音が路地裏に響き渡る。
一方的に受けるだけになってしまったイストファの短剣も小盾もその度に傷つき……しかし、アサシンは楽しそうに笑う。
「ハハハ、強いな! 本当に強い! お前、才能あるよ! きっと5階層も抜けるだろう……その先も、ひょっとしたら到達階層を更新するかもしれないな!」
「くっ……!」
受けきれない、避けきれない。
それでも、イストファは必死にアサシンの隙を探す。
「だから、残念だ」
「あっ」
アサシンの足払いが、イストファの体勢をあっさりと崩す。
今までアサシンが短剣でしか攻撃してこなかったが故の油断。
足元に気を付けるという、最低限の注意を意識から消し去る布石。
それでも倒れまいとイストファは必死で身体を動かし、踏み止まって。
そこに意識を集中させてしまった、その一瞬が致命的。
凄まじい勢いの蹴りが繰り出され、「かふっ」と声をあげながらイストファは地面に転がる。
それでも短剣を離さず……けれど、ボロボロの小盾は転がっていってしまう。
「う、ぐ……がっ」
立ち上がろうとしたイストファの顎をアサシンが蹴り上げ、イストファは再び地面に倒れてしまう。
その腹をアサシンは踏みつけ、無表情で見下ろす。
「ま、こんなもんだ。対人技術なんぞ、ダンジョン専門の冒険者が磨いても何の自慢にもなりゃしないが……こういう稼業には非常に役に立つ。それじゃあ……うおっ!」
「がああああああああ!」
叫ぶと同時、イストファは全力を籠めて起き上がりアサシンを弾き飛ばす。
危なげなく後ろへ跳び着地したアサシンは少し驚いたような表情を見せながらも、慌てた様子は一切無い。
「たいした馬鹿力だ。だが、耐えてどうなる? 今回は、お前の師匠は来ないぞ」
「!? ……どういう意味だ」
「どうもこうもない。あの女は今頃4階層だからな。居もしないドラゴンを探して……な」
「ドラゴンの話は、まさか……」
「そういう事だ。あの女に邪魔されては、俺では勝ち目がない」
ドラゴンの話は、ステラを遠ざけるための罠。
確かにあの山岳地帯の4階層ではステラとはいえ「確実にいない」と判断するには時間がかかる。
「さあ、もう死ね。抵抗しても苦しいだけだぞ」
「絶対に、嫌だ……!」





