仲間想いなんですね
「それって……呪法士が死なないと、終わらないって事ですか?」
「あるいは、な」
「そんな! 何とかならないんですか!?」
「俺達だってどうにかしてえんだ。アサシンなんぞに暴れられちゃ、こっちまで目を付けられる。たぶんだが、落ちぶれ者連中に武器を流してるのもアサシンだな。でなきゃ、こっちでとっくに尻尾を掴んでるはずだ」
そのアサシンをどうにかしないといけない、ということなのはイストファにも分かる。
だが……どうすればよいのかなど、イストファに分かるはずもない。
「でもさ? おかしくね?」
悩むイストファの横で、そんな疑問を呈したのはナタリアだ。
「なんで子爵のとこに、そんな腕利きのアサシンが? 此処の連中だって、調査力に関しては相当のものだと思ってたけど」
「……まあな」
男は、途端に苦々しい表情になる。
分かっている。それは分かっているのだ。お貴族様の……それも子爵程度の子飼いのアサシンの動向を掴めないなど、トラップスミスギルドにとっては無能と言われているに等しい。
「……たまたま子爵が腕利きを雇えたのか、もしくは……」
「もしくは?」
「中央の政治闘争絡みかもしれねえな。つまり……」
ウルゾ子爵も利用されている。
そんな言葉が、その場をシンとさせる。
もしそうだとすると、もはや解決の糸口さえ見えはしない。
単なる子爵の暴走どころか、エルトリア迷宮伯に政治闘争を仕掛けるような何者かが相手なのだ。
「政治闘争……」
イストファの頭にカイルの事が浮かぶが、まさかと首を横に振る。
お貴族様の息子だろうとは思っているが、今のところカイルが狙われた様子などない。
「でも、そうだとすると目的は何?」
「……想像でしか言えねえが、エルトリアの治安悪化が第一の目的かもな」
それが主目的である可能性も、当然ある。
ウルゾ子爵程度に治安を乱されたとして、エルトリア迷宮伯の統治能力を問うつもりなのかもしれない。
もしそうであるならば、ウルゾ子爵は捨て駒だろう。
「とにかく、今入ってる情報はその程度だ。お前等も、ダンジョンの中に居た方が安心かもしれねえぞ」
「……ありがと。行こっか」
そう言い残すとナタリアはイストファの手を引き「はあ」と溜息をつく。
「コード達に火の粉がかかる前に正確なとこを知ろうと思っただけなのになあ……」
「……仲間想いなんですね」
「お互い様だよね?」
「ええ、まあ」
互いに笑い合うと、イストファはナタリアに「この後どうするんですか?」と聞く。
現状でどうしようもないのなら、あまり選択肢は無いようにも思えるが……また帰り道に路地裏を通るなら、危険があると思ったのだ。
「んー……宿まで送ってくれる? ほんとは情報をお礼にするつもりだったんだけど、アレじゃあね」
「いえ、参考にはなりました」
「あはは。欲がないねえ」
言いながらイストファとナタリアは外に出て、先程の見張りに挨拶して路地裏を進む。
今度は落ちぶれ者達に襲われる事もなく、安心な道程かと考えた、その矢先。
イストファはほぼ反射的に短剣を引き抜き、ナタリアの背後へと振るう。
ギイン、と。鈍い音をたてて落ちたのは、ナタリアの首に刺さろうとしていた黒塗りの短剣。
「え、なっ……」
「……ナタリアさん、僕の後ろに」
慌ててイストファの後ろに回ったナタリアを庇うように立つイストファの前方から、足音もなく何者かが現れる。
黒い覆面と装束で顔を隠した、正体不明の……恐らくは男。
静かに進み出たその男は……イストファとナタリアを順番に見て、「フン」と嗤う。
「抵抗は無意味だ。お前達の悲鳴は、誰にも届かない」
防音、人避けの魔法。いつだったかの銀級冒険者が言っていた魔法を思い出したイストファは「魔法で音を……」と呟く。
「知っているのか。中々勉強している。ならば分かるな。助けは来ない、と」
いいや、来る。イストファはそう確信していた。
あの時、ステラは念入りに人避けをする事で逆に分かると言っていた。
ならば、他に気付く人がいる可能性だって充分に有る。
それに……逃げるという選択肢だってある。
「言っておくが、逃げられるとは思うな。私はお前達より確実に速い……そして、お前達が助けを求めた者から先に消す。たとえ、それがお前達より弱い者であろうとな」
「うっ……」
これで逃げる選択肢はほぼ消された。
ここで時間を稼ぐか、倒すかしか手はない。
「あーた、何が目的なの!? こんな事して……死刑じゃすまない!」
「目的? 目的か。当然ある……が、話す必要はない。そしてお前達は確実に殺す」
「!」
言葉と同時に放たれた黒い針をイストファは小盾で弾き、けれど防ぎきれずにナタリアが数本受けてしまう。
「いたっ……!?」
「ナタリアさん!」
「大丈夫、これくらい……!」
言いながらも、ナタリアは身体に力が入らなくなったかのように震え始め……膝をついてしまう。
「え、これ……ま、まひゃか……」
「くくっ、効けば儲けもの程度だったが……投げた甲斐はあったか」
毒。正確には痺れ薬の類だが、イストファは警戒を最大まで引き上げる。
「だが、まあ……お前には通じそうにないな。そんな気配を感じるよ」
毒の類は、ダンジョンで鍛えた者には通用しない。
特に身体能力に特化したイストファであれば、猶更だ。
「それでも、逃げられないだろう? 足手まといが、そこに出来た」
「この……!」
ナタリアは動けない。
そして、守らなければいけない。
イストファは自分が圧倒的不利である事を確信しながら、それでも短剣を握る。





