お願い……ですか?
「お願い……ですか?」
「うん。アタシ等、襲われたでしょ?」
「そう、ですね」
衛兵の詰め所までついてきてほしいということだろうか、とイストファは考えたのだが……ナタリアから出たのは、全く違う言葉だった。
「行きたい場所があるんだ。護衛……お願いできないかな?」
「えっと……衛兵詰め所ってことですよね?」
「んーん、違うの。ついて来てほしいのは……あー、トラップスミスギルド、なんだよねえ」
トラップスミスギルド。
その単語を聞いてイストファは一瞬納得しかけた後、首を傾げてしまう。
トラップスミスギルドというからにはトラップスミスの集うギルドなのだろうが、剣士ギルドや魔法士ギルドというのは聞いたことがない。
勿論イストファが知らないだけという可能性は大いにある。
神官戦士のドーマだって神殿という場があるのだから、トラップスミスにあってもおかしくはない。
後でカイルかステラさんに聞いてみようと考えているイストファに、ナタリアは「一応なんだけど」と囁く。
「トラップスミスギルドの事は、秘密ね? あんまり外部に宣伝するようなものでもないんだよね」
「あ、はい。どうして、っていうのは聞いても……?」
「ちょーっと世間様には顔向けできないモノも扱ってるから。千客万来で万歳って場所でもないってわけ」
「……あの、それって僕が行ってもいいものなんですか?」
「コードの馬鹿連れてくよりは大分マシに見えるかなー」
あの直情的に見えるコードの事を思い出し、イストファは苦笑する。
なるほど、確かにあまり隠し事のできそうなタイプではない。
……とはいえ、だ。
「僕も隠し事とか、得意なタイプじゃないんですけど」
「そうじゃなくてねー。コードの馬鹿は『こんな場所許せん!』とか言いかねないから。あいつ、正義馬鹿だし。周りもあんまり見えないから」
「あ、あはは……」
「その分、あーたは信用できそう。ま、アタシの直感だけどね」
そう言われてしまうとイストファとしても断り辛いのだが、イストファはふと気づいた事を聞いてみる事にする。
「……あの、それって……こんな夜に行かなければいけないものなんですか?」
「昼間はやってないからねえ。この時間の路地裏を通る必要があるってわけ」
こんなに物騒な場所じゃなかったんだけどね、と溜息をつくナタリアだったが……イストファはそれに疑問符を浮かべてしまう。
「でも僕、襲われたのは今回で2回目ですけど」
「物騒な生き方してるねえ。ていうか武装した連中が路地裏にいるってのが変なんだけど」
「……ですよね」
武器や防具を手に入れたなら、ダンジョンに潜るのが一番稼ぎが良い。
それはイストファだけが思うことではないのだ。
「というわけで、護衛お願い! ちゃんとお礼はするからさ」
手を合わせて拝むナタリアに、イストファは「分かりました」と頷く。
こうなってしまえば、護衛をする以外に選択肢はないだろう。
断ることも出来るが、それでナタリアに何かあったと後日聞いては後味が悪すぎる。
「それで……どっちに行けばいいんですか?」
「えーと、ちょっと待って。かなり逃げて来たから……んー」
しばらく周囲を見回すとナタリアは「あっ」と何かを見つけたように声をあげる。
「こっち」
「え? 何か印でも……」
「おっと、ダメー」
イストファの視線をナタリアは自分の身体で遮り、笑う。
「連れていくけど、出来ればルートとか暗号は覚えてほしくないんだよね。やっぱ、あんまり良いとこじゃないし……一夜の夢程度に思ってくれると嬉しいなあ」
「夢、ですか……」
「勝手な事言ってるのは分かってるけどね。ごめんね?」
「いえ」
イストファに微笑み、ナタリアはあまりイストファから離れない程度に先を歩いていく。
その途中、視線は何度か感じたが……襲われる事はなく。
しばらく歩くと、明らかにガラの悪い男達が道を塞いでいる場所へと辿り着く。
「何の用だ、オイ。どっか行きな」
「ナタリアさん」
「大丈夫」
前に出ようとしたイストファを腕を伸ばして遮ると、ナタリアは世間話をするような調子で男達へ話しかける。
「そう言わないでよ。ちょっと良い儲け話があるんだ」
「興味ねえな。俺に四度は言わせるなよ? どっか行きな」
「アンタが興味なくても、シンズの親父は興味あるんじゃない?」
「……マルベの実の件か?」
「いや、雨の日にもオススメのナッツの話。最近、二粒程齧る機会に恵まれてさ」
何の話かはイストファには分からない。
世間話のようにも、そうでないようにも聞こえるが……男は「通りな」と言って道を開ける。
「ありがと。そんじゃ、行こうか」
ナタリアに手を引かれイストファは通っていくが……その背後で先程とは違う問答をする男の声と……斬撃音や悲鳴のような音が聞こえてくる。
「今のって……」
「気にしない、気にしない。ここまでくれば大体安全だから」
やはり、先程のは何かの暗号だったのだろう。
覚えていても一人で来られるような場所じゃないな……と。
イストファはそんな事を考えながら、こんな路地裏に立つ小さな小屋を見つめていた。





