これって……まさか
そして、夜も深まってきた頃……ドーマとミリィを宿へと送っていく。
ドーマはあの後宿を「黄金の雌鶏亭」という店に変えたらしく、イストファ達の宿からは少し離れた場所になっていた。
ベッドが良い、というドーマの言葉通りにフワフワのベッドだったが……どういう構造になっているのかまではイストファには分からない。
ただ、いつも寝ているベッドに勝るとも劣らないものであることだけは確かだった。
「僕も、いつまでもステラさんのお世話になってるわけにはいかないけどなあ……」
そんな事を呟きながらイストファは夜道を歩く。
宿屋のある通りは宿の中からの明かりが漏れ、職人通りなどと比べれば比較的明るい。
これが王都になると「眠らない都市」と言われるほどに明るいらしいが、ちょっと想像はつかない。
とにかく寄り道などせずに帰ろうと、そう考えながら歩いていたイストファだったが……ふと耳に届いた音に、足を止める。
「……ん?」
微かに聞こえてきたのは、金属が何かに弾き返される音。
そして……何処かに向かって走っていく、複数の足音。
「これって……まさか」
思い出したのは、街中で起こっているという事件。
自分達と同年代の人々が襲撃されているというソレを連想したイストファは、一瞬迷った後に路地裏へと駆け込む。
それが愚かな行為だとは分かっていても、放っておくことの方が悪であるように感じてしまったのだ。
居ない。あれほどまでに路地裏から眺めていた落ちぶれ者達が、今は路地裏に居ない。
……違う。何処かに集まっている。
それが再度聞こえてきた金属音の方角だと察したイストファは、走る。
迷宮都市の発展と共に複雑になっていった路地裏を走り、イストファは目的のものを見つけ出す。
そしてそれは……知り合いとは言い難いが、何度か会った顔であった。
「くっそ、しつこ……って、あーた!」
「えっと……確か猫の人!」
とっさに名前が出ずにそう叫んでしまったが、確かあの剣士コードの仲間、ナタリアだとイストファは思い出す。
その背後を追いかけてくるのは落ちぶれ者……であるのは確かだが、妙に武装の整った男達だった。
「とにかく助かった! ていうか助けて!?」
サッとイストファの背後に隠れたナタリアを守るように、イストファは短剣を引き抜き男達を睨みつける。
安物だが胸部鎧を身に着け剣や弓を持った男達はイストファを見ると、一目見て下衆と分かる笑みを浮かべ始める。
「1人増えやがったぜ?」
「オイ坊主。そのお嬢ちゃんを渡しな。そうすりゃ見逃してやらないでもないぜ?」
「騙されちゃダメよ! こいつら、アタシを突然襲ってきたんだから!」
「分かってます。見捨てたりなんかしません」
男達の数は、見えるだけで5人。
何処かに隠れているかもしれないが……見る限りでは男達は隙だらけだ。
たぶん倒すことは出来るだろうが……その間にナタリアを守るのがおろそかになっては仕方がない。
連れて逃げるにも、あの弓持ちが邪魔だ。
どうするべきかとイストファは考え、小盾にチラリと視線を向ける。
「そっちこそ、諦めてください。そんな装備を持ってるならダンジョンに行けばいいのに……どういうつもりなんですか?」
そう、イストファはそうした。
男達が装備しているのは、イストファが最初に持っていたものと比べて少し下くらいのものだ。
であれば、充分にゴブリンとも戦える。こんなところで子供を襲っているのは無駄でしかないはずだ。
「ヘッ、問答する気はねえよ。渡さねえってんなら、仕方ねえな」
どうやらこの場のリーダー格らしい男が合図すると同時に、弓持ち達が矢を番える。
「あ、あわわ……」
「大丈夫です。任せて」
脅えるナタリアを落ち着かせるようにイストファは囁き、男達を睨みつける。
弓は2本。彼等の腕がどの程度かは分からないが、きっと百発百中の名人というわけではないだろう。
とんでもないところへ飛んでいく可能性も考慮に入れながら、イストファは足に力を籠める。
「死ね!」
叫ぶと同時に矢が放たれ、1本はどうやっても当たらない方向へ……そして、もう1本がイストファに向かって飛んでくる。
その1本をイストファは小盾で弾くと、背後に居たナタリアを抱きかかえるようにしてグルリと別方向へ回転させるように動かす。
「ひえっ!?」
丁度イストファの横へと移動させられたナタリアは、背後から自分を狙っていた弓と放たれた矢……そして、それを小盾で弾き返したイストファの姿を見た。
「チッ!? お前等、やっちまえ!」
「ナタリアさん!」
「わ、分かってる! アタシだって多少は!」
先頭きって襲ってきた男をイストファが蹴り飛ばし、別の男の振り下ろした剣をイストファの短剣が弾き飛ばす。
当然ナタリアも狙ってくる男は居るが、ナタリアは「ひょえっ」と叫びながらヒラリと躱しナイフを構える。
「寄るな寄るな! 刺すわよ!?」
明らかに弱いナタリアを見て男達は頷き合い襲い掛かるが……即座にイストファがフォローに入り男達は吹き飛ばされる。
「……チッ、ダメだ! 引け!」
リーダー格の男の声に従い、男達は倒された仲間をそのままに逃げていき……倒された連中も、慌てて起き上がり逃げていく。
「はー……殺さなかったんだ……」
「まあ……はい」
イストファにナタリアは感心したように何度も頷くと、満面の笑顔でイストファに抱きつき頬にキスをする。
「とにかくありがと! 助かったし……凄くカッコよかった!」
「えっ……あ、はい」
「あはは、かーわいい! ねえ、お願いがあるんだけど……いいかな?」





