凄いの買いましょうね
無事に報告と換金を終えたイストファ達は、冒険者の男に言われたとおりに依頼の貼ってある壁を見に行く。
様々な……ちょっと古い紙も混ざったその中には、ひときわ目立つ新しい依頼が貼られているのが分かる。
「……これって」
「なるほど」
「……」
イストファ、ドーマ、ミリィと三者三様の反応を返したソレは……ミドに関する依頼だった。
この者、ウルゾ子爵領における犯罪者。
生死問わず。
達成者には名誉が与えられる。
「……で、合ってるよね?」
「はい、合ってますよ」
ちょっと自信なさげに文字を読み上げたイストファがドーマに確認し、ドーマは頷く。
文字を勉強中のイストファにはちょっと難しい文字が多かったが、勉強の成果は出ているようである。
そして依頼書にはミドの似顔絵のようなものが描かれていたが……正直、あまり似てはいない。
コレを頼りにミドを探すのはちょっと難しいだろうな……というか、コレを頼りに探せば別人が捕まるだろう、といった精度の似顔絵だ。
「……行こうか」
「そうですね」
とはいえ、見ていてあまり面白いものでもない。
イストファとドーマはミリィを連れて壁から離れ、そのまま冒険者ギルドを出る。
そうして、しばらく歩いた後……ドーマがイストファに「あの時、何を言われたんですか?」と聞いてくる。
「……僕達くらいの子を狙った事件が起きてるんだって。それで、壁の依頼も見ておけって言われた」
「それは……なるほど。そういうことですか」
「ボクがこの街で指名手配された……ってことですよね」
「普通に考えるならそうなんですが、あの依頼書……何かおかしいんですよね」
言いながら、ドーマは依頼書の内容を思い出す。
「まず大前提として、アレは冒険者ギルド認定の依頼ではないと思います」
「え? どういうこと?」
「私も詳しくは知らないんですが……」
言いかけた瞬間、ドーマのお腹からキュウ、という可愛らしい音が響く。
ハッキリと分かるくらい赤い顔を逸らしながら、ドーマは「今のは無しで」と呟く。
「どっかでご飯を……あー、カイルと合流してから食べに行こうか」
「そうですね。カイルだけ仲間外れというのも可哀想ですし」
「はい、ボクも賛成です」
そんな話をしながら3人は歩き出し、気を取り直して先程の話を再開する。
「えーと、それで、ですけど。確か冒険者ギルド認定の依頼には判が押されるんです」
このくらいの赤いやつです、と言いながら手で丸い形を作ってみせるドーマに、イストファとミリィは「あー」と頷く。
「そういえばそんな感じのマークがついてるやつ、幾つかあったよね」
「はい、ボクも見ました」
「それが認定依頼であるはずです。他のは冒険者ギルドを通さない私的依頼、という名前だったかと」
認定依頼は冒険者ギルドがその内容を精査し、ある程度問題がないであろうと認定した依頼であり、仲介料をとられる類のものだ。
そして私的依頼は勝手に貼られたり、冒険者ギルドが内容を精査していない自己責任の度合いが高い依頼だ。
「つまり、アレは……」
「私的依頼、でしょうね。あんなところに貼ってある辺り、そうですね……たぶん街中に貼るのは拒否されたのではないかと。その上で認定依頼としても出せなかったのではないでしょうか」
「そっか。衛兵の人達と喧嘩してたものね」
「そ、そうなんですか?」
「うん」
驚くミリィにイストファは頷き、ウルゾ子爵の私兵に絡まれた時の事を思い出す。
あの時の事から判断する限り、ウルゾ子爵の私兵は歓迎されていない。
ドーマの考えは正しいのだろう、と……そうイストファも考えていた。
「ですが、そうなりますと子供を狙ってる事件というのは」
「それなんだけど」
言いながら、イストファは意識を少しだけ戦闘時に近いものに切り替える。
「……僕、それについては何となく分かった気がする」
「私もです」
イストファとドーマの手は、自分の武器をいつでも抜ける位置に添えられている。
そんな2人を見てミリィが「え? え?」と戸惑ったように周囲を見回すが……イストファとドーマは、自分達に向けられている無数の視線にしっかりと反応していた。
「どう思う、ドーマ?」
「ここで襲ってくる……というのは流石にないでしょう。私達が何もやらずとも制圧されますから」
「だよね」
イストファ達に向けられているのは、路地裏からの視線。
いわゆる落ちぶれ者と呼ばれる連中がイストファ達をじっと見ているのが分かる。
ロクな武器も持っていない彼等だが……その視線は、不自然なほどにギラついている。
「まあ、今のところは放置でいいでしょう。それより、ご飯の事で忘れそうになってたんですが」
「ん?」
「ミリィの寝巻、買いませんと」
「え、やっぱり買うんですか……」
ちょっと嫌そうに呟くミリィにドーマは「当然でしょう」と答える。
「そのためにカイルの財布を預かってるんですから。確かこの近くに可愛い洋服売ってるお店もありましたし……凄いの買いましょうね!」
「ふ、普通のでいいんですけど」
「ダメです」
「ええ……」
何やらやる気を見せ始めたドーマに引きずられるように歩くミリィの後をついていきながら、イストファは再度路地裏に視線を向ける。
そこにはもう落ちぶれ者達の姿はなかったが……それで何事もない、と考えられるほどイストファは楽天家ではいられなかった。





