ごめん、イストファ君。もう1回言って?
「え……と。ごめん、イストファ君。もう1回言って?」
フリート武具店にやってきたイストファの接客をしていたケイは、イストファの言った言葉が理解できずにそう聞き返してしまう。
「女の子の着る服が欲しくて。一緒に買いに行ってもらえないかな……って」
「うん、ごめん。ちょっと待って」
やはり理解できずに、ケイは額を押さえ目を瞑る。
しかしまあ、このケイの態度も仕方のない面はある。
気にかけてる男の子が、突然女の子の服が欲しいと言い出した。
一体何事だという話だ。
ケイはしばらく無言で考えるような仕草を見せると「……理由、聞いてもいい?」と聞いてくる。
「えっと……」
だが、それにイストファは即答できずに答えに詰まってしまう。
ミドの事を秘密にした方がいいと提案したのはカイルだ。
ケイがイストファの信頼を裏切るような真似はしないと思うが、言えば巻き込む事になる。
それは避けた方がいい……というのがカイルの意見だった。
お前が言えば何も聞かずにやってくれるよ、とも言っていたのだが、どうもそういう雰囲気でもない。
「それって、言わなきゃダメですか?」
「ダメってわけじゃないけど……理由くらいは聞かせてほしいかなって思う」
ケイに言われて、イストファは一瞬「話した方がいいのではないか」と考えてしまう。
しかし、カイルの言った「巻き込む」という言葉がそれを押し留めた。
お貴族様の絡むようなゴタゴタにケイを巻き込むのは間違っている。
なら、ケイの納得するような理由を作るしかない。
「イストファ君が着るってわけじゃないんだよね? もしそうなら、ちょっと止めたいんだけど」
考える。
もしイストファが着ると答えたとして、イストファのサイズで買ったとする。
けれど、ミドはイストファよりも小さいし細い。
となるとブカブカになって不自然になるのではないだろうか?
つまり、ミドのサイズで考えねばならず……イストファは、考えた末にこう口にする。
「実は……カイルが必要としてるんです」
「えっ」
「ちょっと事情があって……詳しくは言えないんですけど……」
カイルのサイズであれば問題ないし、これなら嘘もついていない。
イストファの良心が許す……それでもチクチクと痛むが、最低限のラインだった。
「カイル君が……そ、そっか。そうなんだ……へえー……」
視線を彷徨わせながら呟くケイは、「あのね」と切り出す。
「……そういう事情なら、うん、協力するけど……友達が間違ってる方向に行こうとしてたら、協力しないのも優しさだと思うな……」
「は、はい……」
後でカイルに謝っておこう。
そんな事を思いながらイストファはケイと一緒に服屋に行き……見事、女の子用の服を手に入れたのだった。
そして、その服の条件であるが……カイルから出された条件はこうだ。
1つ目、男の子だと思わせない、完全に女の子の服。
2つ目、ミドのイメージを完全に変えるような、強烈なイメージを持った服。
3つ目、出来れば顔の印象を自然に誤魔化せるものがあれば好ましい。
4つ目、その上で、どんな馬鹿の目にも一般庶民には見えない「一番良い」服を買う事。
5つ目、金は俺が出す。上限はねえから遠慮したら買い直しだ。
「というわけで、こんなのを買ってきたんだけど」
「お前……よりにもよって俺の名前を出しやがったのか……」
「仕方ないと思いますけど」
苦悩の表情を浮かべるカイルにドーマはそう言うと、イストファの買ってきた服を広げ始める。
フリルのついた、黒いゴシックドレス。
生地はしっかりとしていて、戦闘も考慮したものであることを伺わせる。
2つの黒いリボンは髪形を変える為のものだろう。
用意されたブーツも、服のデザインに合っている。
「でも、凄く高かったよ。カイルが一番いいの買って来いって言ったからそうしたけど……あ、これ借りてたお財布」
「おう」
中身も確認せずに受け取ると、カイルは大きく溜息をつく。
「まあ、いい。で、武器はこの杖か?」
「うん。服に合わせるなら儀礼用のがいいって言われて買ってきたけど……やっぱり高かったよ」
「別に構わねえよ」
そう、用意したのは少し短めの杖だ。
細かく美しい銀の装飾が施された杖は一目見て高級品とは分かるが、あまり実用性を考慮しているようには思えない。
「幾らだったんですか?」
「……全部で250金貨」
「えうっ」
「……僕、手が凄い震えたし……ケイさんは『彼、本気なんだね……』って言ってたし」
「その誤解、この件が終わったら絶対に解くからな」
カイルは本気で嫌そうな顔で言うと、ベッドから身を起こしていたミドへと振り向く。
「ま、そういうわけだ。お前の安全の為に、これ着てもらうからな」
「え……でもボク、男……」
「男のミドはダンジョンで死んだ」
ミドの反論を、カイルはあっさりと封じる。
「お前は今日から、そうだな……ミリィだ。語感は似てるからすぐ慣れるだろ」
あまり離れた偽名は悪手だ。
本人がとっさの時に反応できなくなるから、最初の音は同じである事が望ましい。
「え、ええ……?」
「いいか、ミリィ。お前は今日から魔法士志望のミリィだ。世間知らずで特に魔法の適正とかも分からないけど、なんかカッコいいから魔法士選んだ馬鹿だ。そう演じろ」
「よろしくお願いしますね、ミリィ」
「えっと……よろしく、ミリィ」
「えええええええ……?」
面白くなってきたわね、と無責任に呟くステラはともかく。
この日、ミドは「ミリィ」として再始動することになった。なって……しまったのだ。





