え、無理って
「あら、お帰りなさい」
イストファが宿に帰ると、そこではステラがひらひらと手を振っていた。
それだけなら、まだいいのだが……ベッドでは、ダンジョンで出会った少年ミドが寝息をたてていた。
「ミド……」
ステラが保護していたのだから、そういうこともあるだろう。
そう考えたイストファだが、先程の騒ぎを思い出しミドへと視線を向ける。
「あら、どうしたのイストファ」
「え、と。実は、さっきのことなんですけど」
イストファが先程の騒動の事を伝えると、ステラはなるほどと頷いてみせる。
「間違いなくこの子が原因でしょうね」
「そう、なんでしょうか?」
「ええ、間違いないわ」
言いながら、ステラは一振りのナイフを取り出してみせる。
「これ、この子の持ってたナイフなんだけど」
「そうなんですか」
装飾も特についていない、地味なデザインのナイフにイストファには見えた。
しかし、ステラの「抜いてみなさい」という言葉に従い受け取って抜き放ち……驚愕する。
「え、これ、って……?」
鞘から抜き放ったナイフの刀身はグニャグニャに曲がった、普通に斬れるかどうかも分からないものだったのだ。
「なんですか、これ? 普通のナイフじゃないのは分かりますけど」
「私もあまり見たことはないけど、呪法士のナイフね」
「呪法士ですか?」
「ええ、そうよ。呪法と呼ばれる魔法を使う……まあ、ちょっと変な魔法士ね」
言いながらステラはスタスタと扉まで歩いていき、微妙に空いている扉を思いっきり引っ張って開ける。
するとどうやら隙間から聞いていたらしいカイルとドーマが転がり込んできて、ステラは「はあ」と溜息をつく。
「盗み聞きは感心しないわね?」
「す、すみません」
「別にいいじゃねーか。それより扉はちゃんと閉めねえと不用心だぞ」
言いながらカイルは扉を閉めて鍵をかける。
「で、それよりそいつの話だ。呪法士だって言ったか?」
「ええ、そうよ」
手近な椅子に座ってフンと鼻を鳴らすカイルに苦笑しながらステラが答えると、カイルは「なるほどな……」と頷くが、ドーマは難しい顔になってしまう。
「呪法士、ですか……私はちょっと聞いたことがないんですが、どんな人たちなんですか?」
「どんな人、と言われても一概には言えないわね。でも私の認識からすれば『ちょっと変な魔法士』程度よ」
「なるほど……」
「いや、話はそう単純じゃねえよ」
カイルは机をコンと叩き、ミドに視線を向ける。
「そいつが呪法士だって聞いて色々と納得がいった。確かに追われてるのはそいつで、特大の面倒ごとだコレは」
「そうかしら?」
「そうだよ。お前だって分かってんだろ」
カイルに睨まれ、ステラは軽く肩を竦める。
「人間同士の差別問題でしょ、それは? たいした問題とは思えないわね」
「差別……ですか?」
「ああ。呪法士ってのはな、文字通り『呪法』と呼ばれる特殊な魔法を使う連中なんだ」
呪法。呪、という言葉通り、まるで呪いのような魔法の総称だ。
たとえば相手の動きの阻害、麻痺や毒などの能力を持つのが呪法なのだが……その性質上、不吉なものとして扱われる事も多く、魔王の使徒のような扱い方をする場所も存在する。
そして多くの場合、呪法を扱う魔力に目覚めた者は普通の魔法は一生使えなくなる。
それは呪法が神官の魔法同様に呪神と呼ばれる神からの授かり物であるからであり……一部の地域や人間は、その呪神を魔王と同一視しているのだ。
故に、そういった地域では呪法士は迫害の対象になる。
そうでない地域でも病気の類が流行れば呪法士を吊るし上げる事だって存在する。
そして大体の場合は、それは誤解に基づく冤罪であったりするのだ。
「調べないと分からんが、たぶんこいつもそういう経緯があって追われてるんだろうな」
「それなら、誤解を解けばいいってこと?」
「無理だな」
イストファの意見を、カイルはアッサリと否定する。
「え、無理って」
「まあ、無理でしょうね。誤解がそう簡単に解けるなら、呪法士の差別は起こってないでしょうし」
「そういうこった。しかも迷宮都市に私兵を送り込んでくるあたり、かなり本気だぞ」
ステラとカイルの言葉に、イストファは考え込むように視線を下げ……しかしすぐに「あっ」と声をあげる。
「そういえば、この街に何かするって迷宮伯への挑戦みたいなこと」
「確かにな。だが連中が好き勝手してるってことは、迷宮伯が手を打つ前にどうにかする自信があるんだろうよ」
「え? でもこの街に」
「居ねえよ。迷宮伯は基本、王都にいる。この辺りは面倒くせえ事情があるんだが、また今度機会があればな。とにかく、迷宮伯が事態を解決するにゃ、衛兵隊が迷宮伯に急ぎの使者を送って、それが戻ってくるだけの時間がねえと無理ってことだ」
それでも普通は手出しなんかしねえんだがな、とカイルは舌打ちする。
解決にそれまでの時間がかかろうと、それまでにどうにか出来ようと……それは「出来るか、出来ないか」の問題でしかない。
その後の事を考えれば、迷宮都市に手を出すのはリスクが高すぎる。
それでもウルゾ子爵は私兵を送りこんできた。
余程本気でミドを殺したいのだろう……ウルゾ子爵がどんな人物か分からないのは、相当に痛い。
落としどころの見えなさに、カイルは苛立ちすら覚え始めていた。





