これは普通の雪じゃねえ
海水さんからレビューを頂きました。
ありがとうございます!
そうして、イストファ達は4階層を進んでいく。
どういう理屈か山ごとに切り替わる気候も、進んでいけば慣れていく。
ザクザクと踏みしめる雪も楽しめるようになってきた頃……イストファ達は、その場所へと辿り着いた。
「うわ、これは……」
今までのようにザクリ、でもなくバキッ、でもなくズボッ、という音。それはイストファの足が雪に埋まる音だ。
目の前すら視認しにくい、今日一番の吹雪のせいでもあるのだろうか?
膝上まで埋まるかというような雪の深さに、イストファは後方のカイル達へと振り返る。
「今度は辛そうだよ。大丈夫、いける?」
主にカイルに向けての言葉だったが、そのカイルは「ちょっと待て」と言って周囲を見回す。
この4階層「天空の牢獄」は今までとは何もかもが違うフィールドだ。
山々を渡っていく構造も山ごとに気候が変わっていく仕組みもそうだが、一番大きいのは雪や氷で足元が覆い隠されている事だ。
こんな深い雪の中で、はたしてそのまま進んでいいものか?
考えて……カイルは「ちょっと戻って来い」とイストファに呼びかける。
「え? どうして?」
「いいから」
イストファが疑問符を浮かべながら戻ってきたのを確認するとカイルはフレイムの魔法を積雪へと向ける。
ゴウ、と音をたてて噴き出した炎は雪を溶かし、その下の地面をあらわにする。
「わ、凄いね」
「確かにこれなら安全に通れますね……ですが……」
ドーマの懸念を肯定するかのように、イストファ達の視線の先で雪が再び積もっていく。
その速度はかなり速いが、通り抜けるだけなら問題ないようにも思える。
しかし……本当に問題なのはそこではない。
「カイル……魔力、持ちますか? この階層では貴方が頼りな部分が大きいですよ」
そう、問題はそこだ。ここまでの戦いでカイルも大きく成長したとはいえ、未だ魔力は潤沢というわけではない。カイルの魔力が尽きれば、イストファ達から遠距離攻撃という手段が失われるのは変わらないのだ。
「……無理だな。これは普通の雪じゃねえ」
言いながら、カイルは目の前で積もっていく雪を見ている。
「たぶんだが、この場所は『一定の高さまで雪が積もる』ように調整されてる。雪自体に魔力が籠ってて、俺の魔法にもある程度抵抗してきやがる」
「それって……」
「ああ。たぶんだが、そのまま進むのが一番楽だ。それが分かっただけでも収穫だが……たぶん、それを前提にした襲撃があるぞ」
たとえばボールバグはまともに体当たりを受ければ崖下に突き落とされる事だってあるだろう。
スノウウルフは雪景色の中では見つけにくいし、バイトワイバーンやアイスバード達相手の戦いにくさもそうだ。
「少なくとも冒険者ギルドで買った情報では、雪の中から襲ってくるモンスターの情報はねえ。ねえが……安心はするなよ」
「うん、分かってる」
冒険者ギルドで手に入る情報が全てではないことは、イストファ自身がよく理解している。
彼等だって目撃情報を分かりやすく纏めているだけであって、ダンジョンの仕組みを完全に理解できているわけではないのだ。
「よし、行こう」
そして、再びイストファは雪道に足を踏み入れる。
今までで一番激しく吹雪は冷たく、痛みすら感じるほどだ。
沈み込む足の感覚が先程よりも不安なものに感じるが、だからといってどうしようもない。
一歩ずつを確実に踏み進め、周囲を見回し確認する。
カイルやドーマも同じように進み、そして……上空、激しい吹雪の向こうにチラリと何かの影を見る。
「上! 何かいる!」
「チッ!」
素早くカイルが上へと杖を向けるが、何処に何がいるのか見つけられない。
それは当然だ。イストファに比べるとカイルもドーマも身体的な能力はそこまでではない。
イストファの目で見つけられたものを同様の精度で視認できる、というわけにはいかないのだ。
「くそっ、見えねえ……!」
「あ、いえ。 今何か見えまし……!?」
言いかけたドーマは、とっさの判断でカイルを庇うように上へと盾を構えて、次の瞬間に盾を衝撃が襲う。
ガン、ガガンと連続して襲う衝撃にドーマは僅かに顔をしかめ……しかし防ぎきった事を確信する。
「え、何今の……見えなかった!?」
「何ィ!?」
聞こえてきたイストファの言葉に、カイルは驚きの声をあげる。
見えなかった。その言葉の意味によっては恐ろしい事になるが……どかされたドーマの盾を見て、すぐにその言葉の意味に気付く。
「不可視、いや、見えにくい……風魔法! つまりウインドバードか!」
上空にいるのであろう敵の正体を看破したカイルは、忌々しそうに名を叫ぶ。
風魔法。文字通り魔力で風を生み出し操る魔法だが、他の魔法に比べると「見えにくい」のが特徴だ。
竜巻など派手な現象を起こす魔法はともかく、低位の風魔法は元々「風」であるだけに視認しにくい。勿論色々と見る方法はあるが……この吹雪いている場所ではそれも出来にくいし、音で判断するにも、やはり吹雪の音が邪魔をする。
今ドーマが防げているのは、ウインドバードの風魔法が吹雪を斬り裂いているからだ。
だがカイルが魔法を当てるにも、やはり吹雪でふさがれた視界が邪魔をする。
「どうするんですか、カイル!?」
ドーマの声が響きカイルは高速で思考を巡らせる。
メガン級の範囲魔法による当てずっぽうでの攻撃。ダメだ、ウインドバードはアイスバードよりも速いし、あの時より吹雪が激しくマトモに狙いがつけられない。メガン・ボルテクスであっても避けられる可能性が高いし、外した時の損失が大きい。
吹雪を一瞬でもどうにかするような魔法。ダメだ、あてはあるが今のカイルでは扱いきれない。
ボルトのような高速魔法の乱打。ダメだ、たぶんウインドバードがカイルに当てるほうが早い。
つまり……手がない。それこそ、空を丸ごと焼き払うような超魔法が必要になってくる。
再びかざされたドーマの盾にウインドバードの風魔法が当たる音を聞きながら、カイルは決断する。
「逃げるぞ、どうしようもねえ!」
「逃げるって、でも……!」
そう、この場所は逃げにくい。
イストファだけならともかく、カイルが足手まといになる。
そしてイストファ自身も、受け流す事の出来ない風魔法相手に、避けにくいこの場では不利に過ぎる。防ぐことの出来るものは……ドーマの盾だけ。
ならばどうするか。それを思いついた瞬間、カイルは全てのプライドを捨てて叫ぶ。
「イストファ、俺を抱えろ! そんでもってドーマはイストファと俺をなんとか盾で守りながら走れ! それしかねえ!」
「はあ!?」
「え、どういうこと!?」
「いいからやれ、出来んだろ!?」
撃ち降ろされる風魔法をドーマの盾がなんとか防ぐ。
そうして完成したのは……イストファにお姫様抱っこされたカイルと、その背後で上空に向けて盾を構えるドーマという図だ。
「お姫様抱っ……」
「言うんじゃねえ、泣くぞ!」
呟きかけたドーマを叫ぶ事で黙らせると、カイルは前方へと杖を向ける。
「いくぜ……フレイム!」
ここで魔力を使い切る事になるかもしれないが、ここで為す術なく死ぬよりは大分マシだ。
カイルの魔法により除雪されて出来上がる道を……イストファとドーマは、駆け抜けていく。
現在ツギクルブックス様より発売中の書籍一巻ですが、初速がちょっと厳しいようです。
本が売れなければ当然ですが続刊はありません……
皆様、是非お手元に書籍版「金貨1枚で変わる冒険者生活」を置いてあげてくださいませ。
どうかよろしくお願いいたします……!





