友情の方が大切だって話ですよ
その約束の2日後。カイルと……いまいち元気のないイストファが、冒険者ギルド前でドーマを待っていた。
「今日もステラさん、戻ってこなかったんだ……」
「そりゃお前、あいつだって冒険者なんだから数日ダンジョンに潜る事だってあるだろ」
イストファ達だって、今はともかく今後もっと深い階層に潜れば1日で戻ることが不可能になってくるだろう。帰還の宝珠という特殊なアイテムがあるならばともかく、それが普通なのだ。
「特にあいつは金級冒険者なんだ。俺等じゃ想像もつかねえような階層に居たっておかしくないんだぞ?」
「それはそうなんだけど……なんか不安になっちゃうんだよね」
「ま、理解できねえとは言わねえさ」
カイルはイストファの事情を聞いているから、想像は出来る。
言ってみれば家族愛に近いものだ。イストファは本当の家族にも大して愛情を受けてはいないままに家を追い出され、孤独の中で過ごしてきている。そんな中で自分の運命を変えたに等しいステラに強く惹かれないわけがない。
カイルの知る同年代の少年少女は、すでに政治的な駆け引きをしようとしたり、相手を自分より上か下か、利用出来るか出来ないかで測る連中ばかりで、大人も……親ですらもそうだった。
だからこそ、カイルにもイストファの事が理解できる。自分を想ってくれる相手という存在とは、離れ難くなるのだ。
……だからこそ、イストファの中で自分の存在がステラより小さいのではないかと考えると、カイルは少し悔しいものを感じてしまう。
カイルにだって、イストファの存在は大きい。それと同じものを求めるのはエゴだと知ってはいても、思わずにはいられない。いられないが……決して、表には出さない。
「だがまあ、今のうちに慣れとけよ。これから深い階層に潜るようになったら、俺達だって1日じゃ戻れねえぞ」
「……うん。分かってる」
「勘違いすんなよ。別にお前がどうこうって言ってるわけじゃねえからな」
「あはは、分かってるよ」
突然どうしたの、と笑うイストファにカイルは「なんでもねえ」と頬を掻く。
ちょっと言い過ぎたかと気にしたが故なのだが、イストファは全く何も気にしてなどいない。
それにカイルも気づいたが故に、誤魔化すように「あー」と呟く。
「ドーマの奴、遅ぇな」
「そうだね……あっ」
言いかけたイストファが、その姿を見つけて声をあげる。
「来たよ、おーい、ドーマ―!」
笑顔でブンブンと手を振るイストファに気付いたドーマが、慌てたように走ってくる。
息を切らすような勢いで走ってきたドーマはイストファの手を掴むと、下に下げさせる。
「そんなに大声で呼ばなくて大丈夫ですから……!」
「え? そ、そう?」
「そうです。いえ、気持ちは嬉しいんですよ?」
ちょっとどころではない勢いで注目されているのが気恥ずかしく、けれどイストファの気持ちは嬉しい。そんな微妙な気分に晒されているドーマは軽い咳払いをすると、仕切り直すように笑顔を浮かべる。
「……なにはともあれ、お待たせしました。無事に神官戦士になってきました」
「おう、おつかれ」
「うん、おめでとう! ……でいいんだよね?」
「ええ」
頷くドーマの姿を、イストファ達はじっと見る。
一番大きな違いは、部分鎧をつけている事だろう。本職の戦士程ではないが前衛に立つ者らしい鎧に合わせ、神官服も以前のものと比べると動きやすいような形になっている。
分類としてはイストファ同様に軽戦士に近いが、今までと比べれば格段に防御力が上がっているのが見て取れる。
「もっとゴツくなってくるかと思ったぜ」
「そこはイメージが大切な職ですから……ある程度制限があるんですよ」
神官戦士であろうとも神官であることに変わりはないので、極端な重装は好まれない。
イメージ商売といってしまうと多少俗な印象はあるが、仕方のない事ではある。
「それに何より、あまり重いと私が動けませんし」
「あー……」
当然だが、防御を重視した全身鎧はとにかく重たい。余程体力や体格に恵まれた者か、イストファのように身体能力方面に偏って成長するのでなければ着てもまともに動けはしないだろう。
「それより、此処に来るまでが大変でしたね……」
「何かあったの?」
どこか疲れたような表情になるドーマにイストファが心配そうに聞くと、ドーマは「ええ」と頷く。
「結構な数の勧誘を受けまして。どうにも神官戦士は珍しいみたいですね」
「そうなの?」
「あー……そうかもな。神官の才能ある奴は大抵はそのまま神官でいるからな」
神官は回復や各種の補助魔法をかける後衛職だ。言ってみれば後方で比較的安全かつ、それでいて必須職だ。しかし神官戦士ともなれば前衛としての役割を要求される事で危険度も増し、回復役などの役割もそのままであることで、ストレスもその分増大する。それ故に、神官戦士になれるのはそういったストレス耐性の高い者だけであり……当然、その存在はレアになる。それでいて頼りになるから需要も大きい、そういう職なのだ。
「いいのか? たぶん俺等より強い連中もたくさん居たと思うぞ」
有望な職であれば素人から育てようというベテランパーティも多い。当然ドーマにもそういうパーティから声をかけられただろう事を察して聞くカイルに、ドーマは軽く肩を竦めてみせる。
「カイルが私だったなら、その話……受けましたか?」
「いいや、受けるわけがねえ」
「でしょう?」
「え、どういうこと?」
分かり合った風のカイルとドーマとは違い、疑問符を浮かべるイストファだったが……そんなイストファにドーマとカイルは顔を見合わせ、笑う。
「友情の方が大切だって話ですよ」
「そういうこった」
言いながら2人はイストファの肩を叩いて。2人の言葉の意味を心の中に浸透させたイストファは、満面の笑顔で「うん、そうだね!」と笑う。
「よし、じゃあ行こう!」
「待て待て。先にコレだ。ほれ、お前の分。この2日の稼ぎも入ってる」
「えっ、15万イエン!? かなり稼ぎましたね!?」
「予想よりは少ねえよ。やっぱり採集系は慣れだな」
じゃらりと金貨の入った袋を渡されたドーマはありがとうございます、と笑って。
カイルは「もっと稼ぐつもりだったんだ」と不満そうな声をあげて……イストファは「大金だと思うけどなあ」と苦笑する。
そんな3人の三階層での快進撃が始まるのは……この後すぐの事だった。





