やめなよ、カイル……
そして次の日。宣言通りにイストファとカイルは2階層にやってきていた。
最初の小屋の中は、此処に溜まっていた冒険者達が纏めて殺されたという話が広がったせいか、それとも此処に溜まっていた冒険者が皆殺しにされたせいかは分からないが、今はイストファ達しか居なかった。
そしてカイルの手にあるのは地図……ではなく、冒険者ギルドの壁から剥がしてきた依頼書や買取リストだ。
「やっぱりゴールドアップルは値崩れ起こしてるな……」
「そうなの?」
確か50万イエンはするって話だったよね……と思い出すイストファに、カイルは手の中の買い取りリストを見せてくる。
「見ろ、3万イエンまで下がってやがる。こりゃ安定供給され過ぎたせいだな。下手すると誰かが栽培方法を見つけたのかもしれねえ」
「でも充分高いよ?」
何しろ3万イエンといえば1万イエン金貨が3枚だ。大金なのは間違いないとイストファは思うのだが、カイルは「ダメだ」と否定する。
「いいか、考えてみろ。お前の師匠はなんて言ってた? ゴールドアップルは『ごく僅か』なんだ。そんなものを探す時間で他の果物を採った方が稼げるだろうが」
「そう、なのかな?」
「ああ。狙い目は……ギーツの実と、ナトールの実……なんだこりゃ。聞いたことねえな」
「あ、それ薬の材料だよ」
聞いたことある、とイストファが答えるとカイルは「ほお」と呟く。
「なるほど、薬の材料か。1つ3000イエン……ゴブリンを狩って回るより儲かるな」
「確かゴブリンソードマンの魔石が2000イエンだったものね」
「そりゃこの階層に溜まるはずだ」
小さく溜息をつきながら、カイルは立ち上がる。
「よし、行くぞイストファ。バリバリ稼いで驚かしてやろうぜ」
「うん!」
イストファは先頭に立ち、扉を開けて。瞬間的に、小盾を突き出す。
ガンッ、と音が響いた直後、イストファは小盾に衝突しフラつく磔刑カブトを短剣で真っ二つに切り裂く。
響く羽音と、迫る2匹の磔刑カブト。けれどイストファはそれを脅威だとは思えない。素早い踏み込みと共に磔刑カブト達を両断し、斬首クワガタを小盾で地面へと叩き落とした瞬間に短剣を突き刺しトドメを刺す。
「おお……すげえな。お前、見えるようになったのかよ」
「え? あ、いや、見えてるわけじゃないんだけど、何となく分かったっていうか」
強いていえば、感覚で理解したという感じだろうか。上手く言語化できないながらも、イストファは「うん、何となく……かな」と再度呟く。
「ふうん? まあ、お前が更に強くなってるってのは分かった」
「だよね。僕もちょっと驚いたかも」
言いながらイストファは魔石を拾って袋に入れていく。果物狙いであろうとも、これも重要な収入源だ。
「で、えーと……狙いの果物は道を外れて行かなきゃいけねえみたいだな。そこを左だ」
「分かった。左……と、あっ」
「おっ」
左を向いたイストファは、丁度そちらの木々の向こうから出てきた全身鎧姿の重戦士と鉢合わせる。
「お前は……」
「ちょっとどうしたのグラート。あんたデカいんだから邪魔なのよ」
重戦士の後ろから出てきたのは気の強そうな顔をした魔法士の少女で、イストファとカイルを見ると怪訝な表情を浮かべる。
「……あんたの知り合い?」
「いや、えーと……まあ、な」
きまり悪そうに呟くグラートを見て、イストファはようやく「彼」が誰であるか思い出す。
神官モリスンに頼まれて助けに行った重戦士グラート。モリスンとパーティを解散したらしい事は知っていたが、どうやら冒険者はやめていなかったようだ。
「あ、ひょっとして前のパーティメンバー?」
「違います。あ、僕はイストファ。彼とは、えっと……前にちょっと知り合う機会があったんです」
グラートの様子を見るにゴブリンヒーローの経緯を知られたくないのだろうと察したイストファは魔法士の少女にそう話しかけるが、少女からの反応はあまり良くない。
「ふーん……」
ジロジロと値踏みするようにイストファを見る少女だったが……やがてその視線はイストファの背後のカイルへと向き、やがて納得したように「なるほどね」と呟く。
「グラート、私にして正解よ。アイツより私の方が強いもの」
「そ、そうか」
フルフェイスの兜を被っていても分かるくらいに視線が泳いでいるグラートだが、少女の位置からは気付かないらしい。そして見下されたと分かったカイルが黙っているはずもない。
「会うなり人を値踏みたあ、随分上から目線だな。何様だ」
「何様? ローゼ様よ。王立魔法学院の先年度の次席よ。期待の魔法士なんだから」
「ほおお? 学校で習った事が通用すりゃいいけどなあ?」
「はあ?」
「おお?」
睨み合うローゼとカイルをイストファとグラートが引き離し、グラートは「すまない」と頭を下げてくる。
「ちょ、グラート!」
「ローゼも悪い奴じゃないし腕もいいんだが……ちょっとその、口が少し……」
「ちょっとじゃねえだろ」
「やめなよ、カイル……」
「すまない」
頭を下げるグラートとは逆に、ローゼは顔を真っ赤にしてカイルを睨みつけているが……カイルは気にした様子もない。
困ったな……と頬を掻くイストファだったが、弾かれたように上へ顔を向ける。
「木の上!」
「なっ!」
そこには、木の上から飛び降りてくるグレイアームの姿。明らかにローゼを狙っているその視線に、ローゼは「ひっ」と小さな悲鳴をあげて。だが次の瞬間、グレイアームはその振りかぶった腕を振るう事なくグラートの大剣に両断されていた。





