行ってみる価値はあるか?
「よ……っと」
船の縁に手をかけたイストファはそのまま転がるように船の甲板へと入り、カイルを甲板へ転がす。
ゴロゴロと転がったカイルは素早く周囲を見回し、ゴーストもスケルトンもいない事に小さく安堵の息を吐く。
「どうやらモンスターが待ち構えてるってことはないみてえだな」
「ドーマ、登ってきていいよ!」
「はい、すぐに!」
ドーマがギシギシとロープを軋ませながら登ってくるのを見ていたイストファは、甲板に座り込んでいるカイルへと視線を向ける。
「カイルは大丈夫?」
「俺からすりゃお前の方こそ大丈夫か、なんだが……大丈夫そうだな」
「うん、まあね」
多少疲れはしたが、イストファは今のところ全く平気だ。これも成長の影響なのだろうか、とイストファは軽い感動を覚える。
「僕自身、ちょっと信じられないくらいではあるんだけど」
以前荷運びの仕事をした時には、今みたいな力も体力もイストファには備わってなどいなかった。
ヒイヒイ言いながら重たい荷物を運んでいた記憶も鮮明に思い出せる。
「……きっと、今ならあの荷物も軽々と運べるんだろうなあ」
「稼がせてやれてねえのは悪いとは思ってるけどよ……荷運びの仕事するとか言い出すんじゃねえぞ?」
「え、言わないよ。荷運びしても強くなれないじゃない」
「まあな」
ダンジョンで戦うからこそ通常の筋トレでは出来ないような成長をすることが出来る。
イストファからしてみればダンジョンで戦うのは当然だったのだが……カイルは何か言いたげに……けれど、何も言わずに頬を掻く。
イストファの「目標」は聞いたから知っている。一流の冒険者。中々に明確な目標だ。
しかし何処までいけば納得できるのだろう……ともカイルは思うのだ。
もし目標があのライトエルフ……ステラであるのならば、中々に高い目標だと言わざるを得ない。
カイルの見る限り、あのステラというライトエルフからは「底」が見えない。
金級冒険者と呼ばれる冒険者はカイルも王都で何人か見たことがあるが、正直に言ってその全員が「ステラより確実に下」だと言い切れる。
そんな域までいくのは……いや、成長を全て身体能力に割り振られたイストファであれば、あるいは届くのだろうか? すでにその片鱗は見えている。
「……負けてられねえな」
「え、何が?」
「お前に置いてかれたりはしねえって事だよ。つーか俺の方が強くなるからな」
「あ、うん。僕も負けないよ」
「当り前だ。お前には俺と並ぶ権利があるんだからな」
言いながらカイルはガラにもない事を言ってしまったと頭を掻き……ふと視線の先にドーマの顔がある事に気付き「うおっ!」と声をあげて後ずさる。
そこには大型船の縁まで辿り着いたドーマが腕をかけながら責めるような表情で見つめている姿があった。
「……また私のいないところで友情を深めて……そんなに私をのけ者にしたいんですか?」
「いや、そんな事はないけど……ねえ、カイル」
「お、おう。つーか黙ってねえでさっさと登って来いよ!」
「言われずとも」
俊敏な動きでドーマは甲板へとヒラリと登り、服についた汚れを叩いて払う。
「スケルトンが待ち構えてるんじゃないかと心配しましたけど、そんな事もなかったみたいですね」
「うん、静かだったよ」
「逆に怖いものもありますけどね。下の船室に降りた瞬間襲ってくるかもしれません」
言いながらドーマは周囲を見回し、それに気付く。
「そういえば、あっちにあるのは船長室ですかね?」
船の甲板後方にある部屋のようなものをドーマが指差すとカイルは「だろうな」と答える。
比較的扉のついたその部屋はカイルの知識でも船長室だろうと判断できた。
しかし今は重要度は低いだろうな……と同時に考えてもいた。今は宝探しではなく、出口に向かう事が大切なのだ。船長室で海図の類を見つけたところで、嬉しくもなんともない。
「あの船長室からは何処にもつながってなさそうではあるよね」
「おう、優先探索対象ではないな……まあ、ひょっとしたら宝箱くらいはあるかもしれねえ、が……」
イストファに答えながらカイルは考え込むような表情を見せ、イストファが疑問符を浮かべる。
「どうしたの、カイル?」
「……行ってみる価値はあるか? だがなあ……」
「宝箱のこと?」
カイルの考えていることを何となく察して、イストファはそう問いかける。
カイルが気遣い屋だということは、イストファも察している。
先程の「稼がせてやれなくて」という言葉から、カイルの悩みについてはイストファも想像できた。
「別に宝箱はいいよ。罠とかもあるんだよね?」
「まあな。結構えげつねえ罠もあるらしいが……この階層ならそこまで命に直結するような罠はない、はずだ……」
「私はどちらでも構いませんが、そもそもどんなものが入ってるんですか?」
「色々らしい。まあ、この階層なら精々宝石か安物ではねえ程度の武具だとは思うが……」
「僕は今無茶する必要はないと思うよ」
悩むカイルに、イストファはそうハッキリと宣言する。
「カイルの気遣いは嬉しいけど……稼ぐのは、頑張ればいいだけだし。カイル一人が悩む事じゃないよ」
「むっ」
「むしろ、毎回何かしらを壊してる僕のせいでもあるんだから、僕がもっと頑張らなきゃって思う」
そう、イストファからしてみれば稼げていないのは自分自身のせいであった。
潜る度に武器を壊し、防具を壊し……お金が飛んでいくばかりだ。
もっと上手く戦えれば、とは常に思っている。
「一人で悩むなと言った直後に『僕がもっと』っていうのはどうかと思いますよ、イストファ」
そんなイストファに微笑みながら言うのはドーマだ。まだ付き合いこそ浅いが、ドーマにもイストファとカイルが人格者であることは充分に理解できている。そんな二人が思い詰めて無茶をするのは、ドーマとしては何としても止めたいところであった。
「皆で出来る範囲で頑張りましょう。結局はそれが一番だと思います」
「……うん」
「まあな」
ドーマの言葉にイストファもカイルも頷き、やがてカイルは大きく息を吐く。
「まあ、今回はやめとくか。無茶してまで得るべきリターンがあるとも思えねえ」
「だよね。堅実にいこう」
「いや、堅実っていうなら冒険者稼業は……まあ、いいか」
一番ハイリスクハイリターンだぞ、とはカイルは言わない。
ドーマがキュッと口を引き結んだのも、大体同じ理由だ。
それもまた、イストファの良い所であるからだ。





