きっと、正しく強くなります
ステラに見送られて、イストファはケイと共に路地裏から出て歩き出す。
人払いの魔法が消えたのか、通りには少しずつ人の姿が戻り始めている。
「大丈夫、イストファ君……?」
「はい、大丈夫です。怪我も治してもらえましたし」
実際、体に怪我は残ってはいない。
ステラのヒールはそれだけ効果の高いものであり、イストファの足取りはしっかりとしていた。
……だが、心は違う。イストファはまだ、納得してはいない。
ステラはイストファを評価してくれた。実際、格上である銀級の剣士を倒した。
けれど、結果としてイストファは魔法士の攻撃により敗れかけたのだ。
ステラが来なければ勝てたかといえば、イストファには分からない。
相打ちになるつもりで突っ込めば勝てたかもしれないし、力及ばず次の魔法で倒されていたかもしれない。
どのみち、彼等の慢心が健闘の一因であったことも、イストファ自身がよく分かっている。
だから、どうしても思ってしまう……まだ僕は弱い、と。
それでも、誇れる成果があるのなら。
「……ケイさんが無事でよかった。それだけは、今日の僕が誇れる事だと思います」
そう言って、笑う。
色々と危険なシーンはあった。それでも、怪我をさせることはなかった。
誰かを守ることが出来た。本当は危険な目に合わせることもないのが理想なのだろうけど。
まずは、第一歩を踏み出せた事をイストファは知る。
そして……そんなイストファの手を、ケイの手がぎゅっと握る。
「うん、本当にありがとうイストファ君。その、ね。魔法士の人から助けてくれた時……すごくカッコよかった。だから、全部誇っていいと思う」
「それは……でも、危険な目に合わせちゃいました。あの時ステラさんが来なかったら、もしかしたら」
「ううん、ううん! 違うの!」
イストファの目を覗き込むようにして、ケイはしっかりと見つめる。
自分の本気を伝えるように、伝わるように。
足を止めて、伝われと念を込める。
「確かにステラさんは凄かったと思う。でも、私がカッコいいと思ったのはイストファ君1人だよ!」
「え……?」
何故、とイストファは思う。イストファの目から見て、カッコよかったのはステラだ。
銀級の魔法士の魔法をものともせず、圧倒的な余裕をもって倒してみせた。
一流というのはああいうものだと、その姿だけで語るような強さだった。
なのに、ケイは違うというのだろうかと。イストファは戸惑ったような表情になってしまう。
「どうして」
「だって、私を助けてくれたのはイストファ君だもの」
「でも」
「ステラさんは、確かにあの悪い人達を倒してくれたよ? でも、私を助けてくれたのはイストファ君、貴方なんだよ?」
ケイの表情は、真剣だ。ケイには冒険者の事はあまり分からない。ダンジョンに潜ったのも父親のフリートと少しだけだし、命をかけてダンジョン探索する冒険者の事は「凄いなあ」程度にしか分からない。
けれど今日……イストファを、あの銀級達を見て……なんとなく理解できた気がしたのだ。
きっとあそこは夢と欲望を煮詰めた場所で、人を高めも穢しもする魔窟だ。
だからこそ、イストファがこのままではいけないと強く思う。
このままでいれば、イストファはもっともっと強くなるかもしれない。
あの銀級を超え、金級にだって届くかもしれない。けれど、それではダメな気がする。
理屈ではなく本能でケイはそう感じていた。血塗れの道に立つイストファの姿が、見えたような気がした。
だから、イストファに言葉を投げる。届くように、引き戻せるように。
「私は、優しいイストファ君が好き。だから、強いだけの人にはならないで」
「……ケイ、さん?」
「強さだけ求めてたら……きっと、さっきの人達みたいになっちゃう」
「僕は……あんな風にはなりません。絶対に」
それだけは、イストファは即答できた。
きっと彼等は自分が強いという自覚があった。それ故にああなったのか、元からそうだったのかは分からない。けれど、あれが「間違っている姿」だという事くらいは分かる。
「きっと、正しく強くなります。それは約束します」
あんな風にはならない。そんな決意を込めてイストファがケイに視線を返せば、ケイからは少し困ったような笑顔が返ってくる。
「やっぱり強くは、なりたいんだね」
「はい。それが一流の冒険者になれる道だと思うので」
「そっかあ」
それはケイには止められない。フリートだってダンジョンにはかなり潜っていたという話だし、それをお店の経営に……主に迷惑な客を叩き出すのに役立てている。
イストファがどんな道を進むにしても……もう奪われない為に、強さを求めるのはケイにも理解できてしまう。
少し前までのイストファを知っているから、それだけは否定できない。
「……そうだよね。強く、なりたいよね」
「はい。もう、あんな人達に好きにさせないくらいには」
「もしそのくらい強くなったら……イストファ君はどうするの?」
気付けば、2人はまた歩き出していた。
つないだ手はそのままに。それが、気にならないままに。
「分からないです。だから……」
その先は、今のイストファには見えていない。
そうなる事だけが夢だったから、その先はまだ無い。
夢の先の夢を見るには、いろんなものが遠すぎたから。
けれど、それでも。
「……その時は、相談にのってもらえますか?」
「ふふっ、何それ。でも、いいよ。相談、のってあげる」
それでも、イストファは前を向く。
それしか出来ないから。何もないから。
持たざる者だけが持てる無限への鍵を持って、イストファはまた1つ扉を開けて進む。
「とりあえず……」
「はい」
「その服、なんとかしないとね……」
「……ですよね」
焦げて背中に大きな穴の開いてしまった服。
先程の問答もあって、すっかり注目されてしまっていた2人は……その場から逃げ出すように足を速めた。





