何言ってんだか
「大丈夫!? 怪我してない!?」
「はい、大丈夫です。それより……」
この2人をどうしようかとイストファは剣士の男と、魔法士の男の倒れていた辺りに視線を向けて。
「あれっ」
魔法士の男が居なくなっている事に、そこで初めて気づく。
そういえばずっと放置していたが……まさか、何処かに逃げてしまったのか。
「しまった……どうしよう……」
このまま逃がせば、また襲ってくるかもしれない。
しかも今度はイストファだけではなく、ケイも狙われる可能性がある。
衛兵に伝えて捕まえてもらうのが一番だが、どうにも心配だ。
「とにかく、まずはこっちを……えーと、ケイさん。縄とかって」
「持ってないよ、そんなの……」
「……ですよね」
このまま近くを衛兵が通るまで待つしかないだろうか。
そんな事を考えたイストファの耳に、小さな音が響く。
それは小石が弾かれる小さな、小さな音。
けれどその異音にイストファは反応し、振り向いて。
空間が揺らぐようにして杖を構えた手が現れたのを見た。
「ケイさん!」
「えっ」
避けるのは間に合わない。叩き落とすには遅い。
そう判断したイストファはケイを庇い抱き寄せる。
「ファイアボール!」
「がっ……」
「きゃあああああああ!」
イストファの背に火球が炸裂する。
鎧の防御もなく火球を受けたイストファは短い悲鳴をあげながら、それでもケイを守り切り崩れ落ちる。
「イストファ君、イストファ君!」
自分の身体を滑り落ちるように膝をつくイストファに、ケイは顔を真っ青にする。
涙の溜まる目で魔法士の男を睨みつけ、ケイは叫ぶ。
「人間相手に魔法を使うなんて……!」
「ハッ、何言ってやがる。今この瞬間まで剣でバチバチやってたろうがよ。剣も魔法も、どっちも人を殺せる武器だ。何が違う」
「そんなの……!」
「そのガキが策を弄したように、俺もそうしてる。透明化なんつー魔力をバカ食いする魔法使ってまでっチャンスを狙ってたんだ。俺にできる全力で相手してやってるんだ。感謝して貰っていいくらいだがな」
そう、剣士の男との戦いで自分ではイストファに正面戦闘では敵わない事は魔法士の男も分かっている。
魔法士の男から見ても、イストファが身体能力方面に成長が偏っているのは分かっていた。
そしてそれが同時に魔法防御の面で不安を抱えることも同時に理解している。
だからこそ、気付かれない事に全力を注ぐことが出来たのだ。
ファイアボール一発で大きくダメージを与えられる。その確信があったからこそだ。
「ま、実際よくやったと思うぜ? キリークの奴だって、伊達に銀級じゃないんだ。それを銅級程度の身体能力で多少なりとも上回るってのは……まあ、普通じゃねえ。だから俺は油断しねえ。どけよ、そのガキを焼き殺す。今ここで殺っとかないと、色々ヤバそうだ」
言いながら、魔法士の男は杖を向ける。
近づくような真似はしない。そうすれば飛び掛かられでもした時に対処できないかもしれない。
だから、中距離から安全に焼き殺す。
そう決めて、杖を向けて。
「……やだ!」
「ああ?」
「どかない……! これ以上、こんなこと!」
自分を守ってイストファが傷ついた。
自分を守ってイストファが死にかけている。
それを見捨てることなど、出来なくて。
ケイはイストファを守るように立ち……そんな震えるケイの膝を見て、魔法士の男は嘲笑する。
「……そうかい。町人は出来るだけ殺したくねえが……まあ、うん。仕方ねえよな。見られちまってるしな」
小さく溜息を1つ。然程残念でもなさそうに呟きながら、魔法士の男はケイごと焼き殺す魔法を頭の中で選択する。
「ケイ、さん。逃げ……」
「ダメ、イストファ君!」
よろめきながら立ち上がろうとするイストファにケイは叫ぶ。
ちらりと見えたイストファの背は、焦げたように真っ黒だった。
どう考えても「無事」な怪我じゃない。無理をすれば、本当に死んでしまうかもしれない。
なのに、イストファは立ち上がる。生気の失せた顔で、もう短剣を持ってすらいないのに……それでも立ち上がる。
「僕が、なんとかしますから。だから」
「やだ、やだ!」
腕を広げ、イストファを進ませないと叫ぶ。
「ハハハハハハ! じゃあ仲良く死ねよ! フレイムボム!」
魔法士の男の生み出した先程よりも大きな火球が放たれて、ケイはぎゅっと目を瞑る。
死ぬ。死んでしまう。死んだ。そう確信して……けれど、その瞬間はいつまでたっても訪れない。
何故、と恐る恐る目を開き……気付く。ケイとイストファの、その前。そこに誰かが立っている事に。
「な、なんだお前……何処から、違う。どうしてだ! 人避けも防音も切れてない! なのに!」
「何言ってんだか」
その「誰か」は、呆れたように息を吐く。まるで聞き分けのない子供を目にしたかのように、つまらない表情で。
「それだけ念入りに人を避ける魔法を張ってれば、気付くに決まってるじゃない。だから何かと思って来てみれば……」
言いながら、その誰かは……ステラは、背後のケイとイストファにちらりと視線を向ける。
安心させるように優しく微笑んで。再び魔法士の男へ振り向いた時……その笑顔は、無表情に近いものへと変わっている。
「……やってくれるじゃないの、クソガキが。これは念入りに死にたいっていう私へのメッセージかしらね」





