服ってのはそういうのじゃないの
「……うむ、これで良し。全く、銀級だからといって傍若無人が許されるわけではないのだがな」
事情聴取を終えたアリシアはそう言って、溜息をつく。
確かに銀級冒険者は迷宮都市にとって多額の利益をもたらす存在ではあるが、それは別に特権を約束するものではない。
多少の素行の悪さは許される風潮もあるが、あくまで目こぼしであって犯罪を許容するものではないのだ。
「では、私も行くとしよう。すぐ捕まえるつもりだが、気を付けるように」
「はい、ありがとうございます」
部下と共に去っていくアリシアに一礼すると、イストファはケイに頭を下げる。
「ごめんなさい、ケイさん。僕のせいで危険な目に……」
「え!? そんな、私はありがとうって言う立場だよ!?」
「でも」
「もう、イストファ君!」
ケイはイストファの手を掴むと、ぐいっと自分の胸元まで引き上げる。
「イストファ君、あの時私を守ってくれたんでしょ!?」
「は、はい」
「なら私が『ありがとう』でいいの! 分かった!?」
怒っているようにも見えるケイに、イストファは呆気にとられたような顔になって……やがて、コクリと頷く。
「分かり、ました」
「なら、良し! 改めてありがとう、イストファ君」
「……はい」
微笑むケイに、イストファは再度頷いて。
野次馬をしていた何人かの人達から「おー」という声と共に拍手が飛んでくる。
「やるなあ」
「ありゃ、フリートさんとこの娘さんだろ?」
「ひゃっ! い、行こうイストファ君!」
一気に顔を真っ赤にしたケイはイストファの手を引いて走り……通りを一本抜けた辺りで、ぜえぜえと息を吐いて止まり……息を整えると、全く息を切らしていないイストファを羨ましそうに見る。
「やっぱりイストファ君は凄いね。私、このくらいでもうダメだもの」
「そんな事ないです。僕だってまだまだです」
「謙遜しちゃって……」
言いながら、ケイはイストファの服を上から下まで見回す。
「そういえば、その服……ウチで買ったやつだよね?」
「あ、はい。ちゃんと洗濯はしてます」
「そうじゃなくて……うーん……」
「あの……?」
「イストファ君、服買いに行こ!」
「えっ!? で、でも。まだ着れますよ!?」
「服ってのはそういうのじゃないの!」
未だに思考が路地裏から出てきていないイストファを軽く怒ると、ケイは指を一本たててみせる。
「たとえばイストファ君。今日の私の服見て……何か気付かない?」
「何か、ですか? えーと……」
言われて、イストファはケイの全身をじっと見る。
「う、照れる……」
何故か顔を少し赤くしてしまったケイの服は、確かにいつものものとは違う。
淡い色のワンピースに、白い上着。小さな肩掛けバッグをかけた姿は、イストファの目から見ても可愛らしい装いだった。
だからこそ、イストファは見たまま素直に口にする。
「可愛いと思います」
「かわっ!?」
ボッと火が付いたように顔を赤くするケイにイストファは追撃のように「似合ってると思います」と答える。
鈍感とかそういうアレではなく、単純にそういう情緒が育っていないだけではあるのだが、ケイからしてみれば冷静ではいられない。
無論、イストファの態度を見て「そういう意味ではない」と残された冷静な部分で理解できていたとしても……だ。
だからこそケイは咳払いして、動揺を吹き飛ばそうとする。
「こ、こほん! それはそうなんだけど、そうじゃなくてね? 服っていうのは着れなくなるまで着るんじゃなくて、違う服を着回すものなの!」
「寝巻を着るみたいなものですか?」
「う、うーん。そうなような、違うような」
服も目的によって色々変えたりするから間違っていないわけではないのだが、ここで肯定するのは危険なような気がケイにはしていた。
「とにかくね。イストファ君にはもっと服が必要だと思う!」
「服が……そうなんですか」
「そうなんです! でも、イストファ君……買った服は、冒険に着てくよね?」
「はい」
「だよね。じゃあ、うーん……ウチ、行く?」
そう言ってケイはイストファを連れてフリート武具店に行く……もとい戻るが、2人を迎えたフリートは事情を聞いて、当然のように渋い顔だった。
「その銀級は今度見かけたら俺がブッ飛ばすし、イストファには借りができちまったがよ。その手の買い物でウチってのはどうなんだ……?」
「でもお父さん、イストファ君のサイズ知ってるし。品質だって、私がお薦めできるし……」
「他所のカッコばかりの店よりは良いのあるけどよ。ウチは服屋じゃなくて武具店だからな……?」
言いながらも、フリートは棚から幾つかの服を取り出し始める。
「ま、お前の服については俺も気になってたんだ。これを機に買い替えるようにしろや」
「えっと、はい」
「……イマイチ分かってねえ面してんな。冒険者だって、多少は見栄えも大事なんだぞ?」
「見栄え……ですか」
イストファがケイに視線を向けると、ケイはその視線から逃れるようにスイと視線を逸らす。
「ケイさんみたいにですか?」
「……そういう時も必要かもな。ほれ、とりあえず3セット。今回は借りを返すってことでタダにしといてやる」
「え、でも」
「うるせえ、ケイと並んでおかしくねえ格好にしとこうって親心込みだ。つべこべ言うんじゃねえ」
ケイのアレはまた違う目的用だがな、という言葉をフリートは呑み込む。
若者の事情に口を出す気は無いが、自分の娘の話となると中々に微妙な気持ちになるものだな……と。
そんな事を考えながら「着替えたら、荷物はひとまず置いといて後で取りに来い」と告げる。
どう転がるかは分からないが、とりあえず娘の健闘を祈りながら……フリートは自分を捨てた妻の事をなんとなく思い出していた。





