思ったよりは安いですけど
夕刻も近くなり、職人通りではそろそろ仕事終わりの空気が漂い始めている。
もう少し時間がたてば、この辺りからは一気に人が減るだろうが……今のところは、かなり騒がしい時間帯である。
フリート武具店も、この職人通りにあるが……店主のフリートは、持ち込まれたモノを前に唸り声をあげていた。
「うーむ……随分派手にバッサリいかれたなあ。2階層程度で、こんな事できるモンスターがいるたあ……」
「すみません、また壊しちゃって……」
「いや、そんなことはいい。お前に売ったものだしな。だが、うーむ……いや、とにかく生きててよかった」
言いながら、フリートは深く息を吐く。
確かに革鎧は初心者向けの装備ではある。硬革鎧といっても所詮は金属鎧に防御面で劣り、前衛よりは中衛、後衛向けの装備だ。
とはいえ、それでもイストファに売った硬革鎧はかなり上等なものだった。
2階層では充分だと思っていたものがこうも壊されているのは、フリートにとっては純粋な驚きでもあったし……何より、致命傷でもおかしくない壊れ方だったのがヒヤリとさせる。
「で、その……直りますか?」
「無理だな」
遠慮がちのイストファの問いに、フリートはアッサリとそう答える。
「見てみろ、この鎧の傷」
「……向こう側が見えますね」
「おう。こいつは魔獣革を何層かに重ねたもんだってのは説明したと思うが、その全部がバッサリだ。別の革をあてる事は出来るが、正直に言って応急処置以上の意味はねえな。こいつを完全に直すってのぁ、作り直しと同じだ」
「その場合の値段って……」
「高ぇぞ。元々訳ありで値段が安くなってるってのも説明したと思ったが」
「うう……」
「おまけに、何の革使ってるかを分解して調べて入荷して……って手順があるからな。時間もかかる」
肩を落として落ち込んでしまうイストファの肩を叩き、フリートは苦笑する。
「そう落ち込むな。生きてるだけ儲けもんだぞ? たぶん、もうちょい劣る鎧着てたら致命傷だっただろうしな」
「まあ、それは……」
確かに、とイストファは思う。何しろこの革鎧は磔刑カブトの攻撃を完全に防ぎきるような逸品だったのだ。もしこの革鎧じゃなかったら……たとえば前の革鎧であればどうなっていただろうか?
それを考えるとフリートの言う通りではあるのだが、その鎧がもう直らないとなると、やはり落ち込んでしまうのだ。
「ま、お前もそろそろ金属鎧に変える頃ってことじゃねえのか?」
「でも高いんですよね?」
「まあな」
言いながら、フリートは店内に置いてある金属鎧に目を向ける。
「とはいえ、お前の場合は軽戦士だろ? 全身を鎧で覆う必要はねえ。値段はそれなりに抑えられるぜ」
「それなり、ですか」
確か鉄製の全身鎧はフルセットで70万イエン。
そんなお金は無いが、どのくらい抑えられるのだろうか……とイストファは思う。
「まあ、そうだな。2階層で耐えられる装備と仮定して、黒鉄のハーフアーマーとブーツ……で、そうだな。おまけして50万イエンだな」
「うっ、思ったよりは安いですけど」
とてもじゃないが足りない。何か別のものにするしかないと判断するイストファに、フリートは軽い咳払いをする。
「……だが、だ。イストファ、お前……その短剣、結構成長してるみてえだな?」
「え? は、はい」
「迷宮武具がクズみてえなダンジョン産の武器を鋳潰して作ってる事も言ったな?」
「はい」
何を言いたいのだろう。そんな事を思い首を傾げるイストファの背後では何かを察した風のカイルとドーマが顔を見合わせているが、イストファからは見えていない。
「で、だ。お前にその気があるなら……昔、暇潰しに仕立てた迷宮鉄の鎧がある。見てみるか?」
「くくっ、いい話なんじゃねえかイストファ」
「ええ、そうですね。きっと良い物だと思いま……ふふっ」
「おいクソガキ共。何笑ってんだ」
サッと視線を逸らすカイルとドーマに舌打ちすると、フリートはガシガシと頭を掻く。
「……ケイの奴がな。お前をやけに気にしてんだよ」
「ケイさんが?」
「ああ。大丈夫かなあ、何してるかなあ、ってな。しまいにゃ『何か応援できることは無いかな』ときやがる」
「心配かけちゃってるみたいですみません……」
イストファが本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げると、フリートは何とも渋い表情になってしまう。
「んん……まあ、そんなわけでだ。こんなもん売る気はなかったが……倉庫から昨日引っ張り出してきたってわけだ」
言いながら、フリートは店の隅に歩いていき、布のかかっていたソレから布を取り払う。
そこにあったのは……丁度イストファの体格に合わせたと思われる鉄製の鎧だった。
「うわあ……!」
「迷宮鉄の胸部鎧、アームガードとレッグガード、それと下に着るチェインシャツのセットだ。軽戦士としてやってくにはギリギリの重量だから、防御力の点では普通の鎧にゃ劣る。だが、それでも鉄鎧としては充分なはずだ」
それは、イストファの目からはとても素晴らしいものに見えた。
ぴかぴかと光る鉄鎧もそうだが、チェインシャツも頑丈そうだ。
勿論鉄製だから今までの鎧よりも防御力は低いはずなのだが……それでも、とても頼りになりそうに見えたのだ。
「こ、これ! お幾らなんですか?」
「俺が若い頃に作ったもんだし、育てる手間もあるからな……そうだな、30万。条件を呑むなら20万だ」
「条件、ですか?」
10万も安くなるなんて、只事ではない。一体何を……と緊張するイストファに、フリートは静かな口調でこう告げてくる。
「まず、ダンジョンから戻ったら俺に武具を見せに来い。どういう風になるか、俺も興味がある」
「はい、分かりました」
そのくらいなら簡単だ。ホッとしたように息を吐くイストファにフリートはもう1つある、と告げてくる。
「明日はダンジョン潜るの禁止だ。しっかり休んで、ついでにケイに顔も見せに来い。約束できるなら、こいつをお前に合うように仕立て直してやる」





