ほんっとに怖ぇ場所だな
「……倒した、か?」
杖でツンツンと密林の襲撃者をつついていたカイルだが、すぐに倒れたイストファへと振り向いて……必死の表情でヒールをかけているドーマに気付きホッとする。
「ほんっと、お前が居てくれてよかったぜ」
「ちっとも良くありませんよ。私がもう少し強ければ、こんな無茶はさせないものを」
イストファの身体に傷が残っていない事を確認したドーマは「ふう」と息を吐き、慌てたように立ち上がり……フラッとよろけカイルに支えられる。
「おっと」
「す、すみませんカイル。ですがとにかく、移動しないと。屋外では次に何が来るか分かったものじゃないです」
「それもそうだな。とにかくイストファを起こすか」
「ちょっと、傷を治したばかりなんですよ。無茶させないでください」
「んな事分かってんだよ。でも起きて貰わねえとどうしようもねえんだ」
そう言うとカイルはイストファの近くに膝をつき、ペシペシと頬を叩く。
「おいイストファ、起きろ」
「う、うう……あっ!」
「ぐおっ!」
勢いよく起き上がったせいでカイルの顎に一撃喰らわせながらイストファは目を覚まし、顎を押さえて転がっているカイルに気付く。
「あ、カイル!? どうしたの、敵……そうだ、敵は!?」
「大丈夫ですよ、イストファ。イストファの最後の一撃が効きました。もう居ません」
「ドーマ……そっか、勝てたんだね」
「ええ、イストファのおかげです」
そう言って微笑むドーマに、イストファは首を横に振る。
「……違うよ。僕1人じゃ勝てなかった。ドーマとカイルが居たから勝てたんだ」
イストファ1人では間違いなく殺されていた。それはイストファ自身がよく理解できている。
それどころか、3人とも殺されていたかもしれない……その可能性が高かった事もイストファは分かっている。
密林の追跡者はそれ程までに強く、勝てたのは運の要素も強い。
だがそれでも、3人の協力がその運を手繰り寄せた事も……いや、イストファにカイルとドーマが協力してくれたからこそ、勝利に繋がったのも事実だった。
「それでも私は、イストファが居たからこそだと思います」
「え、でも」
「まあ、その話は後で。とにかく1階層に戻って、帰還しましょう」
「そうだね、もうボロボロだし……あっ、そういえば!」
密林の追跡者を倒した後の戦利品を忘れていた事に気付きイストファは周囲を見回すが、もう密林の追跡者の死骸は残っておらず……そこに落ちていた濃緑色のローブをドーマは拾い上げる。
「これがドロップしたみたいですね。なにやら魔力を感じますが」
「マジックアイテムなのかな?」
「かもしれませんね」
「つーか心配しろよお前等!」
「うわっ!?」
「なんですか騒々しい」
起き上がり抗議の声をあげるカイルにイストファは驚き、ドーマは不機嫌そうになる。
「俺を忘れてんじゃねえぞ! マジックアイテムより俺だろが!」
「ご、ごめんカイル」
「ちょっと放置しただけじゃないですか」
「うるせえ、ちょっと悲しかったぞ!」
ごめん、と謝るイストファに「許す!」と胸を張ると、カイルはドーマの肩を軽く小突く。
「つーかイストファよりお前だよ、お前。俺の扱いがちょっと軽くねえか?」
「そんな事ありませんよ。盾だって貴方の為に買ったようなものじゃないですか」
「む……そりゃそうかもしれんが」
「傷つきましたよ、私は」
「う、すまん」
「まあ、傷ついたのは嘘ですけどね」
何ともいえない顔になるカイルを放置して、ドーマはローブを抱えてイストファを促す。
「さ、行きましょう。今他のモンスターに襲われたら生き残れないかもしれません」
「う、うん」
「ぐぐぐ……まあ、そうだな。早く帰るぞ」
言いながら3人は小屋の中に入り……何もない小屋の中を見回し疑問符を浮かべる。
「……あの何とかって奴、死んでなかったのか?」
「だったら嬉しいね」
「いや、嬉しかないだろ。俺等を置いて逃げたって事だぞ」
そう、小屋の中には何もない。
あの凄まじい悲鳴をあげたジョットの死体が転がっているわけでもなければ、血が残っているわけでもない。
何も、ないのだ。
「……まあ、驚いたけど上手く逃げ延びたって事もあるのかもしれませんね」
「だよね」
「それより早く行きましょう」
言いながらドーマとイストファは1階層への階段に向かって歩き……カイルもその後をついて歩き、けれど振り返り再度小屋の中を見回す。
何らかの木材で出来た、この2階層「暴食の樹海」で唯一安全とされた小屋。
けれど……本当にそんなものがこのダンジョンに存在するのだろうか?
分からない。
分かったつもりでいても、本当は誰にも分かってはいない。
冒険者ギルドの確定情報も「非常に高い確率でそうである」というだけでしかない。
今日イストファ達が生き残らなければ、ひょっとすると密林の追跡者の情報も、小屋が完全なる安全地帯ではない事も分からないままだったかもしれない。
そして……そんな場所や事象は、ひょっとするとそこかしこに潜んでいるのかもしれない。
「……ほんっとに怖ぇ場所だな、ダンジョンってのはよ」
そう呟いて、カイルは自分を待っているイストファ達に「悪ぃ、今行く!」と声をかけ一階層への階段へと走っていく。
そして誰も居なくなった小屋の中では、誰が設置したのかも分からない明かりが……ただ静かに、揺らめいていた。





