でも、させるもんか
そして、イストファの心配やカイルの警戒とは反して、意外にも「密林の追跡者」は姿を現さなかった。
4人の視線の先には二階層入り口の小屋が見えており、周囲にモンスターの影もなかった。
磔刑カブトや斬首クワガタ達が襲撃してくる事もなく、実に平和に此処まで辿り着いたのだ。
「は、はは……良かった。俺は生きて帰れるんだ」
ジョットの呟きに、イストファは思わずその顔を見上げる。
イストファよりもかなり上だろう男の装備は、壊れてはいるがイストファよりもずっと良い物だ。
経験も、実力だってきっとジョットの方が上だろうとイストファは思う。
けれど、そんなジョットの心はすっかり折れているように感じられた。
それ程までに恐ろしかったのか……あるいは、それ程までに強かったのか。
それは分からないが、もう1度「密林の追跡者」に出会って戦えるのか、イストファはふと疑問に思う。
思うが……元々仲間でもないし、此処まで来ればある程度は安全だろうとも思う。
ジョットも同じ気持ちだったのか、笑い声をあげながら突然走り出す。
「あっ」
「ははは! 帰れる! 帰れるんだ!」
小屋に向けて走っていくジョットをイストファは止める事も出来ず……ジョットはそのまま扉を開けて小屋の中へと飛び込んでいく。
悲鳴が聞こえたのは、その直後。走り出そうとしたイストファの腕を、ドーマが掴んで止める。
「駄目です!」
「で、でも……」
「もう間に合いません。待ち伏せされていたんです……!」
あの中に偶然他人の殺害を生業にする何者かが潜んでいたと考えるよりは、その方が自然だ。
つまり……密林の追跡者は、すでにあの中に居る。
そして、それは一階層に逃げるという手段が封じられた事をも意味していた。
「……カイル、魔力は」
「多少は回復してるが全力には程遠いな。ドーマ、お前は」
「まだ余裕は充分に。けれど……」
「ああ。倒せなきゃ何の意味もねえ」
選択肢は2つ。
この場から一目散に逃げて誰かが密林の追跡者を倒してくれるのを、あるいは密林の追跡者があの小屋から居なくなるのを待つ事。
そしてもう1つは……この場で、密林の追跡者を倒す事。
前者は密林の追跡者が追ってこない事、もしくは逃げ切れる事が前提だが……。
「逃げられると、思うか」
「無理でしょうね。どんな手段でこっちを追ってくるかも予想できないんです」
「なら、倒すしかない……か」
2人の言葉を受けて、イストファは武器を構える。
そう、やるしかない。この場で密林の追跡者を真正面から倒すしか、イストファ達が生き残る可能性は無い。
また何処かで待ち伏せされたり、突然襲撃を受けたり……あるいは他のモンスターが居る時に狙われる事を考えれば、それしか選択肢は存在しないのだ。
「……来やがったぞ」
ゆっくりと、小屋の中からローブ姿の男が姿を現す。
暗い闇の貌からは性別を判別できはしないが、その体格から明らかに男であると理解できる。
ぬらりと光るナイフを持った、暗殺者じみた雰囲気を持った人型のモンスター……密林の追跡者。
深い森の中に居れば溶け込んでしまうであろう姿は、やはり逃げずに正解だとイストファ達に思わせる。
あんなものに森の中に潜まれては、はたして見つけられるかどうかも分からない。
「カイル、ドーマ!」
「はい、相手はどう見ても素早い……なら、イストファ!」
ドーマはイストファの短剣に触れ「ライトウェポン!」と叫ぶ。
その瞬間、イストファの短剣から重さが消失しイストファは驚きに軽く目を見開く。
「それでいつもよりも簡単に武器を振るえるはずです。勿論、その分重さに頼った戦い方は出来ませんが」
「うん、ありがとう!」
イストファ達に向かい密林の追跡者が走る。
態勢を低く、地を這うように走る密林の追跡者を迎え撃つべくイストファも走る。
その速度は、密林の追跡者の方が大分速い。
けれど……接敵する分には何の関係もない。
互いの距離が縮まって、ほぼ同時に武器を振るう。
ギイン、と。互いの武器がぶつかりあい火花を散らす。
その力は、ほぼ互角。
同時にバックステップで離れると、イストファは視線だけで自分の短剣を確認する。
欠けてはいない。ジョットのチェインメイルが損傷していた事を思えば、イストファの短剣が打ち合えば壊れていた可能性もあった。
しかし、そうなってはいない。そしてそれは、予想通りでもあった。
「……黒鉄製の、ナイフ」
そう、僅かに黒味を帯びたナイフは……間違いなくイストファの短剣と同じ材質。
であれば、一方的にイストファの短剣が打ち負けることは有り得ない。
だがそれは、カイルにとっては予想外でもあった。
「どういうことだ……ならアイツの鎧が斬られてたのは一体……いや、まさか!」
カイルが思い出すのは、ゴブリンヒーローの剣。
武器の威力を一時的にあげる、あの機能。
それと同じものが密林の追跡者のナイフにも仕込まれていたとしたら。
「イストファ、気を付けろ! もしかしたら」
「うん! でも、させるもんか!」
イストファだって、あの剣の事は覚えている。
あの剣の機能を発揮するには予備動作が必要だった。
なら、させなければいい。打ち合っていれば、そんな隙は出来はしない。
だからこそ、イストファは前に出る。とにかく打ち勝つ。
そんな強い意思と、共に。





