~とある可能性の話~ 第二話 2020年5月3日
どうも、Mr.OKBです。
先日、投稿するとか言っておいてすっかり忘れてました。すみません。
そんなわけで第二話です。
ごゆっくりお読みください。
2020年5月3日
「時刻は?」
「午前4時0分」
彼の問いかけに俺は腕時計で時刻を確認しつつ答えた。
東京都の補導時間は午後11時から午前4時の間である。よって、たった今この瞬間から俺達高校一年生が外を出歩いても警察による補導はされない。
「では戦場へと向かいましょうか」
彼は軽装でリュックサックを背負っている。中には色々と必要物資が入っているのだが、中身はあまり言いたくない。
別にいかがわしいものではないが、言うのがめんどいというだけだ。
ちなみに、俺も同じような服装だ。
「ああ、戦場へな」
ドアを蹴り開け、日の昇っていない道をコミケという名の戦場に向かって歩く。
コミケが戦場と揶揄されるのは夏の暑さと冬の寒さの中、大勢の人々に混じってしばらく待機しなければならないからだと俺は考えている。
その中でも俺達始発組と呼ばれる人間は電車にすし詰めにされて人による圧力の中行かなければならないのだ。
「今年の戦場はいつもより過酷ではないですね」
「いつもは八月の暑さが襲ってくるが、五月なら厳しくはないな」
「ところで、ちゃんとチケットは持ったか?」
「君に言われて十回も確認しましたよ。だから大丈夫です」
と言いつつも律義に彼はリュックサックの中を確認している。
「問題っありませーん」
「完璧だな」
「ええ、今日こそ自分を変える予行演習をするのです」
事の顛末はこうだった。
オリンピックのボランティアをぶっつけ本番でやったら失敗するかもしれないと彼が言い出し、俺がコミケで予行演習すればいいと提案。
最初の目的が逆転しているが、彼にとってはそんなことどうでもいいらしい。
「自分を変えるということ自体が彼が目指しているので順序などどうでもいいんです」と彼は言っていた。
「君、軍資金はいくらでしたっけ」
「俺の資金力は・・・・・・53万です」
●リーザ様っぽく言ってみた。
「嘘でしょ」
「正解、小遣いとお年玉を全額で5万3千円だ。出費が痛いぜ。お前は?」
親はあまりコミケに興味がなく、当然の如く金は出してくれないので自分の小遣いで行くしかない。
「なーんと9万円。過去最大の金額です」
「一体いくつのサークルに行くつもりだ」
「大手のサークルを6つ、最近注目している個人サークルを9つ、企業ブースを2つですかね」
「ふむ、合計17か。全部一人で行くのか?」
「今回も君がいますから一人で行けます」
「そうか、いい心がけだが、俺が買いに行くときはお前も売り子をしろよ」
「もちろんです」
しばらく最近のアニメの話や、ゲームの話をしていると、駅に到着した。
闇の中でひときわ明るい駅では既に多くの人々がスマホ片手に始発を待っていた。
「同志がたくさんいますね
「この中のほぼ全員が同じ行き先なんだ。それに少しロマンを感じちゃったりしないか?」
「そうですね。普通はこんな状況はありえませんから」
「今年は四日間開催ということもあって一日当たりの来場者は減ると思っていたが、いつもより多いな」
「目当てのサークルがいい具合に分かれてしまう可能性が上がったんですよ。そうなってしまったら交通費がばかになりませんよね」
「俺達の目当てのサークルが今日に集中したのは奇跡だよな」
「ええ、まさしく奇跡といえるでしょう」
そんなコミケ関連の話をしていると始発列車がのろのろとホームに入ってきた。
同時に俺達は車内に愕然とする。
「「マジヤベエ」」
既に車内には大量の人が乗っており、ぎゅうぎゅう詰めなのだ。
「どうなってるんですか?流石に多すぎでは?」
「わからねえな、去年は座れはしないが、それなりにスペースがあったぞ」
乗り込みながらスマホを取り出し、今日のサークル情報がわかるサイトを開く。
なんだこりゃ?
驚きよりも疑問のほうが多かった。
「見ろ、今日は人気のサークルがめじろおしだ。まとめサイトにはコミケ史上最も集客が見込めるとか書いてあるぞ」
隣の個人サークル主に驚きの内容を見せてやった。
「運営は無能ですか?ただでさえ混むのにこんなことしたらもっと混むでしょうに」
彼は冷静にひどいことを言う。
「憶測だが、オリンピックで四日にしたことで何かしら手違いがあったんじゃないか?」
「そんなことないでしょう。去年も四日でしたから」
そう、去年もこうだった。オリンピックに伴う工事とかで東館と呼ばれる会場が使えなくなり、対策案として西館を使い四日間開催だったのだ。
だが、去年はそこまで混んではいなかった。今年になってこれとはどういうことだろう?
「だから憶測だ。俺にだってわからんよ」
所詮俺達は運営ではないのでわからないというのが俺の結論であった。
「徹夜組と始発ダッシュ、どう思う?」
徹夜組とは昨夜から会場前に並び、徹夜で開場を待つ人々のことである。
始発ダッシュとは始発に乗って東京ビッグサイトに着いた人々の一部が改札を走って通るということである。
前者は運営に禁止され、後者は駅によって禁止されているが、どちらも完全に規制されていない。つまり、それらをやる人々がいるということだ。
何とか会場にたどり着き、チケットで入場した俺達は自分達のスペースでの準備を終え、暇つぶしがてらコミケの問題について話し合っていた。開場まで残り五十分くらいだが準備を終わらせた今、特にやることもないのだ。
俺達の他には色々と買い物の準備をしている人々もいるが、彼によると今日行く予定のサークルは多めに同人誌を用意しているようでそこまで急がなくてもいいらしい。
彼いわく「開場前に買い物とかマナー違反ですよ、自分たちが売り終わってから行くのが普通だと思います」だそうだ。
「徹夜組は公式に禁止されていますが、ネットによると今年は2千人くらいの人が並んでいますからルールは破綻していると思います」
「トーシロ意見だが徹夜組は出禁にしたらどうだ?」
「その意見は前に出ましたが、あまりにも人が多いので出禁にするほうが難しいのです」
「じゃあ、警察を動員するとか」
「警察が動いたらコミケ自体が中止になりますよ」
「専用通路を作り、そこに始発組を通らせて徹夜組を排除する」
つまり、作戦はこうだ。
東京ビッグサイト駅から東京ビッグサイトまでの道を完全封鎖し、始発以降に来た人のみ中に入れるということである。
「悪くないかもしれませんが、現実的ではありませんね」
彼は俺の意見をバッサリと切り捨てた。
「君は何故コミケの徹夜組が半分容認されている状態なのか知っていますか?」
「よく知らんな」
「公式が容認していないと言い張っているので理由は諸説ありますが、徹夜組の安全を守るため、近隣の施設等に迷惑をかけないためというのが有力かもしれませんね」
「徹夜組の安全?」
「昔、コミケ狩りと呼ばれる犯罪がありました。コミケに来る人々は大金を所持していますよね、それを狙って頭のトチ狂った方々が恐喝、強盗をして逮捕されたんですが、それを未然に防ぐ目的があるといわれています」
「なるほど、俺達の軍資金が奪われると困るどころの話じゃないからな」
「ところで、徹夜を禁止すると今まで徹夜をしていた人々はどうすると思いますか?」
「おとなしく始発に回る」
「君はアホですか?徹夜組は徹夜じゃないと買えない物があるから来るんですよ。つまり、周辺施設で徹夜したり野宿まがいのことをし始めかねないというわけです。となると、迷惑がかかりますよね。それにコミケ狩りの標的にもなります」
「だろうな」
「つまり、そういうことです」
「ようするに徹夜組は半分容認するしかないと」
「はい、言っては悪いですが必要悪としか言いようがないですね」
必要悪か。本当は悪いことだが、それがないとさらに悪いことになる為、肯定せざるを得ない悪のことだ。
徹夜組を排除するのは警察でもなんでも投入すれば簡単だ。しかし、それをすると徹夜組を放置するよりも悪いことが起こる。具体的には犯罪とかだ。
それが頻発すればコミケの運営も危ういかもしれない。コミケを運営できなくなるくらいなら徹夜組を容認せざるを得ないのかもしれない。
「じゃあ、始発ダッシュは?」
「やめとけ危ないケガするぞ、って感じですね。今やコミケの風物詩と化していますが、あれはマジでケガをしかねないのでやめたほうがいいと思いますね」
「一年、いや、二年前に頭のトチ狂ったYouTuberが逆走して叩かれたっていう話を聞いたことがあるな」
うろ覚えだが、二人組の一人が改札を逆走、始発ダッシュの人と衝突してネットで叩かれるというような話だった。
「火に油を注ぐと言ったら誤用かもしれませんが、もともと危険な行為に危険な行為をするというのはどうかと思います」
「対策はあるのか?」
「無い」
彼は即答した。
「え?」
「人間には欲があります。さっきの徹夜組もそうです。始発ダッシュも徹夜組も欲望にとらわれた人々の姿なのですよ。誰よりも速く同人誌を買いたい、その欲望で彼らは行動してしまっているのです。まあ、一番大きな問題はあまりにも人が多すぎるということですかね、この人数を止めるには武力を用いるのが得策ですが、この国ではその方法は使えません。結局のところ、必要悪という言葉で理由付けをして放置するしかないのですよ」
「さっきと言っていることが微妙に変わっているんだが」
「話しているうちにこの結論に落ち着いたんですよ。それにこの会話は何十、何百回とされているので・・・・・・今更・・・・・・なんですよ」
今更って、やるせないというかなんというか。
「こういう話題は好きなんですが、ありきたりの結論に落ち着いてしまうんですよね」
「俺達は結局平凡な一般人なのか」
「ええ、こういう話題は専門家達にやってもらうほうがいいのかもしれません」
一般人らしい結論を出し、次の話題を探そうとした時、恒例のアナウンスが鳴った。
『ただいまよりーコミックマーケット98三日目を開催します』
「さて、売る準備でもするか」
椅子に座りなおし、指を鳴らす。
「そうですね、とりあえず水分補給でもどうです?」
彼はそんな俺を見て水筒を差し出した。一瞬飲もうとしたが、ある疑念が頭をよぎる。
その中に煙草入ってないだろうな。
「ふっふっふっふ」
「はっはっはっは」
有明の夕暮れを見ながら俺達は笑っていた。はたから見れば不審者である。
「ふっふっふ大漁です」
「はっはっは大漁だな」
両手に花ではなく両手に3枚重ねの紙袋を2個ずつ持ち、疲弊した身体を無理やり動かして俺達は笑う。
紙袋の中身は何十冊もの同人誌や何枚ものCD、DVDだ。
仲間内ではこれらを戦利品と呼ぶのだ。
「開場三十分で完売するとは思っていませんでしたが、お客さん達が喜んでくれてよかったです」
今日彼は初めて自らの手で同人誌を売り、客を喜ばせていた。
そんな彼の様子は今まで見てきた中で最も嬉しそうで、なにより楽しそうだった。
「今思ったんだが、何故お前はいつも少なめにしか売らないんだ?完売後に来た客の人数からして2倍にしても売り切れるぞ」
「毎回売る量は増やしてるんですけどね、実際どのくらい売れてるのかはどうでもいいんですよ。誰かが買ってくれているというだけでうれしいので、より多くの人が手に取ってくれるのなら今度は君の言う通り2倍にしてもいいかもしれませんね」
俺は思った。彼は気づかぬうちに徹夜組の要因に加わってるんじゃないか?と。
希少価値の高い同人誌は徹夜してでも買いたいと思う。俺だってそうだ。
そう思いはしたものの、あえて黙っておくことにした。自分が徹夜組の要因に加わってるなんてわかったらどんなショックを受けるかわかったものではない。
「でも、見知らぬ人と話すのは緊張しますが、慣れるとなかなか楽しいものですね」
「お前がそう思うならよかったと思うぞ。人見知りも克服できたか?」
「今回は同好の士でしたので良かったんですが、同好の士ではないとなるとやっぱり厳しいかもしれません」
「心配すんな、今のお前は昔とは一味も二味も違う。外人が相手でも大丈夫だ」
「そ、そうですか?自信が付きました!」
「よし、その意気だ」
ガッツポーズをした彼の肩を叩いた。
「そろそろ帰るか」
「そうですね、帰って新刊を読まなければなりませんから」
人通りが少なくなり、明日の徹夜組が並び始めた東京ビッグサイトを背後に駅へと向かう。
「ところで、例のサークルの新刊はエロかったか?」
「ふむ、非常に悩ましいですが、過去一、二を争うエロさでしたね」
左手の紙袋の中から薄い本を取り出し、渡してくれた。
ふむ、これはエロいな。むしろ、きわどすぎるとも言えるな。よく販売を止められなかったものだ。
「じゃあ、添い寝で有名なサークルは?」
「あっちは予想外でしたね、こんなキャラが?っていう印象を受けましたね。聞き終わったら君にも貸してあげますよ」
「会場限定版は見てからのお楽しみというスタンスのサークルだから今日になるまでわからなかったからな。見せてくれるか?」
「ええ、どうぞ」
今度は右手の紙袋の中からCDを出して見せた。パッケージには萌えるロリキャラが描かれている。
なるほど、マイナーなところをついてきたな。
俺は個人的にどんなキャラが出るか予想してネットに予想ランキング的なものを投稿していたが、こうくるとは予想していなかった。
ちなみに結構好評だった。
「感謝するぜ。あそこのサークルは予算の都合上今回はスルーしてしまったからな」
「君はどんなものを買ったんですか?」
「艦船を擬人化したゲームのとか」
「艦船というと、艦●れですか?」
「いや、俺はアズ●ルレーン派だ」
今日の戦利品の話をしながら俺達は家に帰ったのであった。
毎度毎度読んでくださりありがとうございました。
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