~とある可能性の話~ 第一話 2020年4月20日
どうも、お久しぶりです。初めての方は初めまして。
Mr.OKBと申します。
前作で予告した話は都合(データが消えた)により書けなくなったのでこちらの短編をどうぞ。
ではごゆっくり。
2020年4月20日
『各学年の学級委員は至急職員室に集まって下さい』
東京の公立高校に入学し、半分押し付けのような感じで学級委員となった俺は放送で職員室に呼ばれた。
いったい何の用だろうか。まあ、学年集会とかの打ち合わせだろう。
「呼ばれたぞ、谷口君」
俺の隣で本を読んでいた親友が早く行けと言うように俺の名を呼ぶ。
「言われなくともわかってるさ。それよりも校内で平然とエロ本を読むな」
「これはエロ本ではありません。保健体育の教科書というのです」
彼は紳士的な口調でとんでもないことを言い放つ。
「なるほど、保健体育の教科書なら問題ないな」
「ええ、何も問題はないですね。保健体育の教科書ですから」
「「ハハハハハハハハッ」」
二人で笑った後、沈黙が流れる。
「よこせ、先生に渡してやるから」
エロ本もとい保健体育の教科書に手をかけ、取り上げようとする。
「お断りします。さっさと職員室に行ってください」
当然のごとく彼は渡さなかった。まあ、取られたくない気持ちはわからなくもない。俺だって取られそうになってもそう簡単には渡すわけがないだろう。
「俺が帰って来るまでにしまっていたら見逃す」
「はいはい、しまっておきますよ~」
正直俺は彼に腕っぷしで勝てる自信はない。たかがエロ本で喧嘩しても馬鹿らしいし、損でしかないので一応警告だけして職員室へと向かった。
「集まったか」
学級委員を待っていたのは俺の担任であり、厳しい生活指導教師として有名な九頭先生だ。
「お前達にはこのプリントと冊子をクラスに運んでほしいので呼んだ次第だ」
そう言ってクラス単位でわけられ、束ねられたプリントを18人の学級委員に配り始める。
「知っての通り今年は東京オリンピックだ。我が校でも率先してボランティアに行きたい」
プリントには学校の生徒540人を授業の一環でオリンピックのボランティアに行かせる旨が記載されていた。
それに加え、生徒たちがそれに備える講座を受講するとも書いてある。
真ん中には赤に太字であからさまに推薦に有利だと書いてある。
冊子はボランティア参加を呼び掛ける内容で、表紙にはオリンピックのマークと2020年大会のシンボルマークとがでかでかと描かれていた。
青と黒のチェックで書かれたタイトルには〈東京オリンピック高校生ボランティアのすすめ〉とある。〈学問のすすめ〉で有名な福沢諭吉をまねているのだろうか。
名前はそこそこだが、色調がとにかくダサい。昔ニュースでやっていたボランティアの制服と同じだ。
「先生、これ三年生も参加するんですか?」
三年生の女子学級委員が手を挙げて質問した。
「当然だ。都内の公立高校生は約11万2千人だが、あまりにも遠い学校は除外してあるものの、それ以外の高校生は全員参加だ」
「受験があるのにそんなのに時間を割けませんよ」
「受験よりもこっちのほうが大事だと都や政府が言ったから実施しているのだ。国の意向に逆らうのか?」
受験を約十か月後に控えた三年生としては当然の反応だったが、九頭先生はいとも簡単に一蹴する。
「それは・・・・・・でも、私達の受験はどうなるんです?勉強しなくては受かれないですし、二年の頃から準備している生徒もいます」
「オリンピックでボランティアをした後にすればいいだろう」
「それでは都内の私立校どころか、他県の高校の生徒にまで遅れをとってしまいます!」
理不尽な物言いに感情が高ぶったのか彼女は大声を出した。
「そうだ!俺達の受験が失敗したらどうするんだ!」「ほんと勘弁してくれ」「三年生は除外してもいいんじゃないか?」
三年生の学級委員達が次々に反論する。
「やかましい!」
「確かにその懸念はあった。お前達の受験は一度きりじゃないが、東京オリンピックは一度きり。失敗したら二度と来ないかもしれない。お前達が受験に失敗しても所詮個人の失敗だが、東京オリンピックの失敗は都の、ひいては国の失敗だ。どっちを優先するかは天秤にかけるまでもないだろう」
「でも、受験に失敗したら私達の人生は変わってしまいます」
「受検は浪人したらまたできるだろう」
この教師、とんでもないことを言うものだ。東京オリンピックは個人の人生を変えてもいいだと?いいや、そんなこと許されるわけがない。
人権もへったくれもあったものではないな。
「そんな・・・・・・あんまりです」
「運が悪かったと思えばいいんだ。だが推薦には使えるし、少しレベルの低い大学に行けばいいじゃないか?それに、行かなかったら内申にも響くぞ」
九頭先生から言い放たれたその冷たく、心無い言葉は生徒達をだまらせてしまった。
「さて、他に質問は?」
いるはずも無かった。何を言っても無駄だと集まった学級委員たちは悟ったのだ。
「いないようなら、次に今日は臨時で学年集会をやるから資料を配る」
九頭先生は新たに両面刷りのプリントを配る。
表面はいつももらう生徒を並ばせる為のものだったが、裏面には東京都のオリンピック対策委員会の五味とかいう人が来校し、ボランティアのすばらしさと勤労の喜びついて語ると書いてある。
オリンピックがらみの集会のようだ。授業がつぶれるのは嬉しいが別に語らなくてもいいのではないかと思う。
「今日の集会ではオリンピックのボランティアの楽しさを一時間じっくりと語ってもらえる。くれぐれも失礼のないように頼むぞ」
その言葉を最後に職員室から解放された俺は教室に戻った。
「聞いてくれよ」
「今忙しいからヤダ」
俺の机の上でエロ本の代わりにパロディと下ネタで有名なラノベを読んでいた彼は顔をあげずに断った。
「オリンピックに俺達がボランティアとして行くんだってさ」
かまわず職員室での一件を親友に話す。
「何故です?」
「このプリントによると、スポーツボランティア?それが有意義な活動だからで、それを生徒に教えたいらしい。後、オリンピックにボランティアとして参加することで一生思い出に残る活動を学校としてはやりたいそうだ」
プリントの内容をかいつまんで説明してやると彼はラノベから顔を上げて一言。
「あほくさ」
「同感だ」
「だいたいボランティアって強制的にやるもんじゃないのでは?」
「ふむ、ボランティアとは・・・・・・自発的に他人、社会に奉仕をすることをさす言葉らしい。つまり、このプリントに書いてあることはボランティアでないと言える。強制的だからな。後、金などの報酬をもらってボランティアをすることを有償ボランティアともいうんだそうだ」
スマホを使って調べた知識を披露した。ウィ●ペディアって便利だ、たいてい検索すると一番上に出てくる。
「約三秒で調べたんですか、速いですね」
「で、結局どう思う?」
「ボランティア?そんな事するより同人誌書く方がおもしろいですよ」
「同人誌を書くほうが面白いと思うのは人によってだと思うが・・・・・・。ところで、同人誌といえばそういえばもう印刷所に入稿したのか?もうすぐコミケだろう」
「当然です。オリンピックのせいでコミケがゴールデンウィークになりましたから」
彼は個人サークル〈死神〉の主〈孤狼〉として活動している。彼の描く同人誌はかなり人気でコミケ開場三十分で売り切れてしまう。
実際売り子として手伝ったがその盛況っぷりは普通じゃなかった。
いつも大変だとぼやいている彼に他の人と協力してやればいいとは言ったが、人間関係は小学生以来の友人である俺一人で精一杯で、とてもじゃないが他人と協力できないと言っていた。
彼は人見知りなのだ。中学生時代は画面越しじゃないと人と会話できなかったこともある。
「今回の本はどのジャンルだ?」
「いつもの●方の同人誌の続きと、オリジナルの漫画ですね」
そう言って彼は俺用に持ってきたという絵の束を渡した。
「谷口君には最初に見せたいと思いましてね」
時々完成前の絵を見せてもらったことはあるが、製本前のを全部見るのはこの前の冬コミの二週間前以来だ。
「じゃあ見せてもらおうか」
受け取って読んでみる。・・・・・・なんだこれは?オリジナルの青春ラブコメだが、前より画力が上がっているではないか。しかも内容も前より面白い。
ページを一枚一枚めくるごとに絵を通して主人公のセガンという青年とヒロインのフロートという少女の感情が伝わってくる。
「すまない、泣いてもいいか?」
読み終わったとき、俺はヒロインと主人公が結ばれたことに感動して目尻に涙がたまっていた。
「どうぞご自由に」
「よかった・・・・・・本当によかったぞ」
絵の束を返して制服のポケットからハンカチを取り出し、流れる涙を拭きとった。
「いや~、俺はこの、青春ラブコメに弱くてさ、なんて言うか、あの、感動した!」
「その顔を見ればわかりますよ」
そこへ突然肩を叩かれた。振り向くと、にっこりと笑った九頭先生の姿が。
「おいお前ら、とっとと席に着け。朝のHRが始まらんだろうが」
「「すみません」」
号令と共に朝のHRが始まった。
「朝からバカやってる奴らもいたが、まあいいだろう。谷口、朝渡した資料を配れ」
指示通り、列ごとに冊子とプリントを配り始める。
「冊子を見ればわかると思うが、我が校では東京オリンピックにボランティアとして参加することに決まった。皆にはこの活動を通して、ボランティア活動の楽しさを知ってもらいたい」
「勤労奉仕を学べるいい機会だ。それに授業の一環だから学校に来なくてもいいし、内申点にも加算するから推薦とか受験で有利になるぞ。他には、有名な選手に会えたりするかもな」
「まじでか?」「じゃあやってもいいかも」「授業よりは楽しいかも」「内申に有利なら」
クラスの四分の三以上が賛成する。だが、そうではない者も存在した。
「強制労働(笑)」「遂に学徒出陣か」「内申点や休みに釣られるパリピ乙w」「日本オワタ」
ネットとかで東京オリンピックボランティアの内容を知ってる人々である。
ざっと冊子を読んでみたが、批判されているときの内容とあまり変わっていなかった。
「ちょっとの間働くこともできないのか?」
「俺コンビニでバイトしてるから」「僕はカラオケで」「俺はスーパーで」
「な・・・お前ら」
働こうとしないような者たちの発言に怒ったような口調で聞いた九頭先生は見事に批判勢に負けていた。
「うっは、負けとる」「ほらほら~言い返してみろよw」
「休むと受験に響くぞ」
受験や内申点という言葉は俺達には即効性のある薬だ。
その証拠に明らかに劣勢だった先生が逆転し、批判勢は黙った。
「今日の六限にその説明会があるので皆は速やかに移動するように。以上!」
「実際、どうなの?」
昼休み、俺と彼は屋上で弁当を食べていた。
「何がです?」
「オリンピックボランティアの話」
「実際、東京の暑さの中10日も働かせて、報酬が勤労の喜びや内申点、ましてや選手に会えるという不確かなものだけなので集まらなかったと言われています。さっきの強制労働という表現はあながち間違ってはいないと思いますが」
「会えるとは言っていないってか」
「すみません、何でもしますから。何でもするとは言っていない。と同じ発想ですね」
「人見知りのお前は行くの?」
「行こうと思います。他人と接することで自分を変えたいですからね」
彼は少しも考えるそぶりを見せずに即答した。さっきは同人誌作るほうが面白いとか言ってたのに何故だろう。
「意外だな。お前のことだから行きたくないというと思ったが」
「君には以前コミケで売り子をしてもらったことがありましたね」
「お前が人見知りで売れないからだろ」
「でも、せっかく買いに来てくれた人に会えないのは悲しいんですよ。だからこれを機会に克服しようかと思うんです」
正確には与えられたスペースの机の下に隠れ、完売後に片付けもせず俺に大量の同人誌を買いに行かせた。それほどまでに人見知りなのだ。
俺がいなかったらこいつはどうなるのだろうか。心配でならない。
「その気持ちはわからんでもないな。よしわかった、俺も参加してやる。本当にお前がやばかったら俺が助けてやらなくちゃいけないからな」
「そう言ってもらえてうれしいですよ」
彼はうれしそうにポケットから煙草を取り出し、火を点けてくわえた。
「未成年喫煙は犯罪だぞ」
「一時のストレスで吸ってみたらやめられなくなってしまいまして。やめようとしてもどうしてもコミケ以外の昼に吸ってしまいます」
彼はそう煙を吐きながら開き直ったように言う。
中一の時に見つけてからいつも注意しているのだが、今までその習慣は変えられなかった。ニコチンの力は恐ろしい。
「きっと自分の死因は肺ガンでしょうね。多分肺はもう真っ黒ですよ」
「馬鹿言うんじゃない、お前は普通に生きて普通に死ぬんだ」
「それができたら苦労しませんね」
また彼は煙を宙に向けて吐き出した。俺はそこまで臭いとかに敏感じゃないが、流石に自分の横で吸われるとたばこのヤニ?の臭いがきつい。
「ったく、お前はそれさえなければいいやつなんだけどな」
「すみませんね、君には迷惑をかけているとは思っています」
「俺が迷惑をこうむるのはいい。だが絶対に警察に捕まるな、警察に捕まるとお前の家族や学校にまで迷惑が掛かる」
「わかってますよ」
彼は吸い終わった煙草を水筒の中の水に入れ、ふたを閉めて屋上を去った。
「自分を変えたい・・・・・・ねえ」
彼は喫煙者で変態だが、基本的にはいい奴だ。九年くらい共に行動していたからわかる。
中一の時は画面の中の人としか話せなくなり、中二の時は中二病にかかったり、中三の時は危うく浪人しかけたりしたが、いつも俺が色々やって無理やり道を変えていた。
だから俺は彼のことを年齢が同じだが、息子のようにも思っている。
「俺もそろそろ子離れ?いや、一人前の高校生としてあいつを見てやらなければいけないのかもな」
そんな彼が珍しく自ら変わりたいと言っている。珍しくないな、初めてのことだ。
それを応援してやりたいと思うのは当然の行為といっても過言ではあるまい。
「でもタバコをやめさせるまでは無理かな」
予鈴を告げるチャイムが鳴る。
とっくに食い終わった弁当をふろしきで包み、屋上を後にした。
読んで下さりありがとうございました。
この話は全四話で完結します。9月13日、14日、15日に投稿する予定なのでよろしければ読んでいただきたいです。
感想や評価をすると、作者のみが喜びますのでよろしければお願いいたします。
では、また次回お会いしましょう。