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3話 ねこは切らないで! 形態素のお話

ル「では今日の授業です。冒頭の日常会話は編集さんが消しました」

姫「編集さんって呼ぶのやめてください、毎回書いてるの私なんですけど!」

ル「じゃあ姫ちゃん、よろしくです」


 瑞姫は頬を膨らませつつも、ルリから報酬を得ている身であるため、それ以上の不満は漏らさない。なお、報酬というのはルリの家にある古書だ。毎日一冊を持ってきては瑞姫に手渡していた。


宗「前回の宿題ですけど、要素って言葉の定義が曖昧じゃないですか」

ル「そう言わないでください、補足まで書いたじゃないですか。二人が帰ってからですけど」

桜「ルリちゃん、帰ってからでは見れませんよね」


ル「そういうのは良いのです。とにかく、前回の宿題の検討からしてください」



 【宿題】「こねこがいる」という文章は、いくつの要素に分解できるか考えなさい。


――議論開始――


宗「要素っていうのが分からなくて、前回言ってたレキシコンから考えたんですけど『こねこ/が/いる』になりました」

桜「私は『こ/ねこ/が/いる』になりました」

姫「なんか小学校で似たことしたよね。『こ/ねこ/が/い/る』」

ル「ふうん、全員違うんですね。誰か『こ/ね/こ/が/い/る』とか考えないんですか」


宗「『ねこ』と『こねこ』は別の語彙素ですよね。だったら『こ/ねこ』と切るのは『ねこ』に『こ』という単語がくっついてるって意味になりませんか。あくまで『ねこ』と『こねこ』は別の語彙素ですから、『ねこ』の派生として考えるのは微妙だと思います。『こねこ』で一語でしょう」


桜「子ではなく親でしたら『親猫』とも言いますね。つまり猫の補語として『子』『親』という要素が存在するので、ここは切って良いのではないかと思います」

宗「確かに、要素という意味では切れますね……ルリ先輩、これやっぱり問題が曖昧――」

ル「それ以上言うと舌を抜きます」

宗「…………」


姫「『い/る』は絶対切れるよ。語幹と活用語尾でそれぞれ別物じゃん」

宗「『いる』は絶対語彙素だし、活用した『いれ』とか『いろ』も『いる』の異形態じゃないか?」

桜「『いる』と『いろ』では意味が異なりますし、違う語彙素……いえ、そうするのは、無理がある気もしますね」


姫「違う語彙素なら、それぞれが独立した語ってことですよね。だったら『いる』『いない』『いた』全てが独立語ということになります。でも、それは違いますよね。『いる』は『い/る』であって、『い』に活用語尾が付いて意味がやや変化していると考えるのが妥当です」


ル「良いですね、国語が得意な姫ちゃん。では『ね/こ』はどうですか」

姫「音の話ですよね。ねで始まってこで終わるっていうことですけど、それは何の要素ですか。そんなの日本語の要素でなくて良いですし『n/e/k/o』とすれば良いじゃないですか。日本語で考えるなら『ねこ』は切れません」


――議論終了――



ル「結論から言うと、姫ちゃんのが正解です。指摘も正しいですね。『いる』『いた』『いない』その他の単語を全て違うものと見なすのではなく、『い』という要素に『る』『た』『ない』という要素が付いてると考える方が、より合理的な分類ができます」

宗「となると、『こねこ』は『ねこ』に『こ』の要素が付いているっていうことですか」

ル「はい」


 ルリはこほん、と咳払いする。


ル「今回の宿題でしたのは、形態素解析というものです。文章を形態素ごとに切ることですね」


 形態素(morpheme)


ル「形態素とは、言語表現を構成して、意味や機能を持つ最小の単位のことです。そして、この形態素はいくつかの理屈で下位分類されます」

姫「下位分類?」

ル「まず単独で語として成り立つものと、そうでないものです。前者を自由形態素、後者を拘束形態素と呼びます」


 自由形態素(free morpheme)、拘束形態素(bound morpheme)


ル「これについては、次の例を見てください」


 a、今日はもの悲しい。

 b、今日は__悲しい。

 *c、今日はもの__。


桜「『もの』だけでは文章にならないということでしょうか」

ル「そうです。なので、『もの』は拘束形態素です」


宗「なら『悲しい』は単独で成り立つから自由形態素っていうことですね」

姫「待って、『悲しい』は形態素じゃないよ。『悲し/い』って切れるでしょ。だから『悲し』『い』はどれも……あれ?」

桜「文月さん、どうかしましたか?」


姫「う、ううん……いえ、なんでもないです。ルリ先輩、今日の宿題は私が出題しても良いですか?」

ル「……? まあ良いのです。ルリからも一問出すので」

姫「はい、ありがとうございます」


 瑞姫は確かめるように指を折っては開いて、何かを考えている。


ル「拘束形態素は、接辞とも呼びます。これは英語では聞きなれた名前かもしれないです。そして、接辞を付け加えることのできる要素を語基といいます」


 接辞(affix)、語基(base)


ル「拘束形態素、接辞は、語基との関係を見ると更に二つに分けられます」


 屈折形態素(inflectional morpheme)、派生形態素(derivational morpheme)


ル「語基に関して文法上の変化をもたらすのが屈折形態素、語基から別の単語を派生させるのが派生形態素です。ほとんどが派生形態素です」

宗「屈折形態素って、例えばどんなものですか」


ル「日本語では、いるの『い』にくっつく『-た』とか『-て』、『-ます』ですね。英語なら分かりやすいです。『-ed』とか『-ing』です。あとは複数の『-s』とか、本当に少数なんです。よろしいですか」

宗「なんとなく分かったような、分からないような……」

ル「そのうち分かります。では次」


 接頭辞(prefix)、接尾辞(suffix)


ル「接辞(拘束形態素)は、語基にどうくっつくかで呼び方が変わります。語基の前に付くのが接頭辞、語基の後ろなら接尾辞です。接中辞ってものもありますが、日本語にはありません」

桜「英語にもありませんよね、何語にあるんですか」

ル「タガログ語」

一同「…………」


ル「……はい。形態素の分類をしましたが、全ての形態素がどこかの分類に収まるかと言われれば違います」

 

[1]け(け/だるい、さむ/け)

[2]go / went(*goed)

来る/来い(*くれ、*くい)


ル「例えば形態素『け』は[1]のように接頭辞にも接尾辞にもなります。[2]は補充法(suppletion)というもので、要するに特殊形が存在するってことです」


 ルリが腕時計を見たところ、五時の鐘が迫っていた。


ル「じゃあ、今日はこの辺りにしましょう。用語が増えてきたので、整理の方頑張ってください」


 ルリが背伸びをして片づけを始めると、瑞姫が立ち上がった。


姫「起立」


 その声に応じて、一同が立ち上がる。何事かと驚いているルリを見て、三人で笑う。


宗「挨拶ですよ、挨拶。授業なんですから」

ル「え、ちょ、あのそんな……」

桜「ルリちゃん、ううん。ルリ先生、しっかりしてください」


 ルリは、はあ、とため息をついてから、笑う。くすっと。そして立ち直ると、こほんと咳払いをした。


姫「礼!」

一同「ありがとうございました」


 ルリ先生の授業は、それなりに好評なのだ。

宿題1

 次の文章を形態素解析して、拘束形態素と自由形態素に分けよ


「さっきお庭の隅っこに野良猫がいた」



宿題2(瑞姫による)

 考えてください。


 日本語の述語は全て拘束形態素か。

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