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第九十五話 劉封対曹操 後編

 ……やはり駄目か。


 各地からの報告を聞いて、俺はそう判断した。


 彭羕の奇襲は失敗、曹操を追い詰める事は出来なかった。


 元より勝てるとは思ってはいなかった。


 でも、ひょっとしたらと思ったが現実は甘くない。


 そして曹操はそんな俺の甘さを見抜いていたかも知れない。




 強襲してきた朱霊軍により本陣は一時混乱したが、それは柳隠が僅かな兵で立ち塞がると朱霊を追い返した事で収まった。



 やるじゃないか柳隠!


 不覚な事に俺は柳隠と言う名に覚えがない。


 もしかしたら歴史に名を残さなかった蜀の武将の一人かも知れない。

 今後、柳隠は取り立てて行こうと思う。

 曹魏の朱霊を防いだ手腕はまぐれでは有るまい。

 それに柳隠は陸遜が推挙した男だ。

 陸遜が薦めるほどの人物と思えば期待が持てる。



 そして、本陣の混乱が収まった事で各地からの伝令が来て我が軍の状況が分かり、俺は撤退を考えていた。


 中央の俺の軍は前方は傅彤が居るので、これは問題はない。

 傅彤の武勇が兵を鼓舞しているので士気は高く、戦線を支えている。


 問題は後方の裏切り者申儀だ。


 しかし、申儀は張翼が斬り、負傷したところを捕らえた。

 これで後方の混乱も収まり撤退を邪魔する者は居ない。

 申儀は上庸に戻った後で処罰をしよう。

 それにしても張翼が申儀を殺さなくて良かった。もし殺していたら兄の申耽まで裏切るかも知れないからな。


 いや、もしかしたらもう裏切っている可能性もある。


 それも考慮しておくか?



 そして左翼の黄忠だが、先ほど敵の囲みを突破したと報告が来た。


 どうやら負傷は大した事はなかったようだ。

 しかし、兵の被害も多いので黄忠には退くように命を与えた。

 黄忠も曹操を追えないと判断しているから俺の命に素直に従うだろう。間違っても敵に突っ込む事はない筈だ。


 ……ちゃんと戻って来てくれよ。



 一方で右翼はさほど被害は出ていない。


 陳到は敵将二人を負傷させたが、敵左翼を突破出来なかった。

 これはちょっと誤算だった。

 しかし右翼が健在なら陳到には殿を任せて良いかも知れない。


 俺は陳到に一時撤退するように指示を出した。


 黄忠と陳到が戻ったら撤退だ。

 殿はこの二人に任せよう。そして補佐にはそれぞれの副将呉蘭、雷同を付ける。

 右翼と左翼の兵を合わせれば一万以上の兵力になる。

 これなら魏軍もおいそれとは追っては来れまい。

 それに陳到と黄忠の二人なら安心して後ろを任せられる。


 右翼、左翼はこれで問題はないな。



 それにしても曹操は強いな。


 今まで相手してきた人物ではやはり飛び抜けている。


 彭羕の策は途中までは上手く行っていた。

 しかし、肝心な詰めの部分でしくじった。

 これは注意を引き付ける俺と黄忠、陳到の責任だ。

 決して彭羕一人が悪い訳ではない。


 せっかく対曹操の為に徐庶と陸遜が授けてくれた策だったのに、それを生かせなかった。


 まあ、彭羕が若干修正した策ではあったがな。

 しょうがない。ここは切り換えよう。

 戦では曹操には勝てない。

 だから、まともに戦うのはやめよう。


 ここからは籠城、持久戦だ。


 おそらく魏軍はこれから大軍を寄越してくる筈だ。

 その大軍を相手に籠城する。

 時間を掛ければ掛けるほど大軍を維持する事が出来なくなる。

 それに各地で戦っている戦場に援軍を出す事も出来なくなるだろうから、ここ以外の戦場で勝利する可能性が高くなる。


 曹操が俺に固執するればするほど他が有利になる!


 せいぜい曹操を引き付けるとしよう。



「報告します。黄忠将軍が戻られました。敵の追撃は有りません」


「陳到将軍着陣なさいました。敵兵の姿は有りません」


 左翼、右翼から伝令がやって来て報告する。


「考徳様。敵先鋒が兵を退きました。如何しますか?」


 そして、傅彤が直接報告にやって来た。


 敵は一旦距離を取ったのか?


 なぜだ? 何か有ったのか?


 彭羕の奇襲を受けて警戒したかな?


 考えてもしょうがないな。こちらは予定通り動くとしよう。


「傅彤。撤退だ。敵が距離を取ったなら好都合だ。兵を纏め、上庸に退くぞ!」


「はは。では殿は私が?」


「いや、漢升と叔至(しゅくし)に任せる。お前は俺の護衛として近くに居ろ」


「分かりました。では兵を纏めます」


「頼む」


 傅彤は大声を出して兵を集めだした。

 そして俺は彭羕と張翼へ伝令を送る。

 二人には先に上庸に戻って籠城の準備をさせておく。


 伝令を送ったところで黄忠と陳到がやって来た。


「すみませぬ。曹操を追い詰める筈が罠に掛かるとは。少しばかり曹操を意識し過ぎましたわい」


 黄忠でも曹操を相手にすると平常心では居られなかったか。


「申し訳ありません。敵将を仕留め損ねました。それに敵左翼を崩せず。申し開きも出来ません」


 相手は曹操の精鋭だ。そんなに落ち込む事もないだろうに。


「いや、二人とも無事で何よりだ。それと聞いていると思うが兵を退く。それで二人には殿を頼む。連戦を強いてすまないと思うが頼まれてくれるか?」


「何を言われますか。この黄忠。殿の任。果たして見せますぞ!」


「殿の任。しかと務めます。後ろを気にする事なくお退きください」


 頼もしいね。二人とも。



 俺は二人に殿を頼むと兵を退いた。


 曹操が追ってくると思うが黄忠、陳到の先ほどの戦いぶりを見ていたら、追撃の手は鈍るだろう。


 それに追撃してくるのが于禁で在れば、二人の武勇を持ってすれば撃退するのは容易だ。

 于禁は傅彤一人に手こずったのだ。

 黄忠、陳到を相手に勝てる筈がない。

 例え朱霊と一緒でも同じ事。それにこの辺りは湿地帯で騎馬を使っての追撃も出来ない。地の利は俺達にある。



 俺は護衛兵五百に守られて撤退している。


 本隊五千は数を減らして四千まで減っていた。

 それを撤退時に幾つかの集団に別れさせて撤退させた。

 これは黄忠、陳到の殿部隊を抜けてくる曹操の軍から俺の部隊がどれか分からなくさせる為である。


 しかし、本当の目的は別にある。


 なぜ、五百の兵しか連れていないのか、その訳は目の前の軍勢が寄ってくるのを誘った為だ。


 その軍勢は千を越える軍勢で率いている人物には見覚えがある。


「孟獲。無事だったか?」


「はい考徳様。お迎えに参りました」


 孟獲は一騎で前に出てくると俺の眼前までやって来てそう言った。

 その顔に煩悶の表情は無かった。


「そうか。俺を何処に迎える?」


「はい。冥府に御座います」


 そう言うと孟獲は手に持った矛を振り上げて俺に振り下ろした。




 建安二十一年 秋


 魏公曹操 劉封と南糸にて戦い それに勝利する


 劉封 負傷し上庸に退く 魏公これを包囲する


 魏国武帝伝より


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