第九十四話 劉封対曹操 中編
後に南糸の戦いと言われるこの戦いは、劉封軍三万、曹操軍三万五千の兵が戦った。
劉封軍 三万
大将 劉封 五千
左翼 黄忠 五千 左翼副将 呉蘭 二千
右翼 陳到 五千 右翼副将 雷同 二千
中央 彭羕 五千 副将 張翼 二千
後軍 孟穫 三千 後軍副将 申儀 千
護衛 傅彤
曹操軍 三万五千
大将 曹操 一万
左翼 呂建 徐商 五千
右翼 殷署 朱蓋 五千
中央先鋒 于禁 七千 副将 朱霊 三千
後軍 満寵 五千
参軍 賈詡 趙儼
護衛 許褚
序盤は曹操が押したが、劉封側が粘りその後反撃、劉封軍の左翼を指揮していた黄忠が曹操側の殷署、朱蓋の両将を斬り捨てて曹操に迫る。
しかし、黄忠は曹操を深追いし伏兵にあって負傷し包囲される。
そして、劉封も後方に居た申儀が裏切り、挟撃される状況に陥ってしまう。
戦況は若干曹操軍有利に進んでいた。
「うぬ。不覚だわい。このわしが伏兵に気づかなぬとは!」
黄忠は太腿に刺さった矢を抜くとその矢を迫る敵兵に向けて射る。
その矢は敵兵の眉間に見事刺さり兵は倒れた。
「ふん。この程度の傷。なんともないわい! さあ、皆の者。わしに続けいぃー!」
黄忠は大刀を高々と掲げて兵を鼓舞すると敵兵を次々に斬り捨てていく。
兵達は黄忠が無事な事を知ると歓声を上げて黄忠の後に続く。
黄忠指揮する左翼は包囲されているにも関わらず、士気は高かった。
そして黄忠を包囲していた満寵はそれを見て唸った。
満寵は深入りした黄忠を強襲すると殷署、朱蓋の残兵を吸収しこれを包囲している最中であった。
「何と言う剛毅な男だ。これでは囲みを解かれてしまう。ええい。遠巻きに矢を射かけよ!」
満寵は兵達に矢を射るように命じるが、兵達はそれを実行出来ないでいた。
黄忠の軍勢が満寵の軍勢と肉薄していた為に矢を射ると味方にも当たってしまうからだ。
「くっ、致し方有るまい」
それを知った満寵は自ら黄忠の前に出る事にした。
「我こそは満寵なり! 敵将よ、ここまでだ!」
「ふん。どこまでじゃと。尻の青い若造がわしに挑もうとは十年、いや、二十年早いわ!」
こうして左翼では黄忠と満寵の一騎討ちが始まった。
一方で右翼に居る陳到は呂建、徐商の二人を相手にしていた。
「この! とりゃあ!」「ふん! おりゃあ!」
呂建、徐商は陳到相手に槍を振るうが、その槍先が陳到に届く事はなかった。
二人は肩で息をするようになり、その疲労は目に見えていた。
「ぜぇ、ぜぇ。なんだこいつは?」
「無名の将にこの俺が」
それを聞いた陳到は少しだけイラッと来たようだ。
「我が名は陳到。貴様らを殺す名だ。覚える必要は無い」
そう静かに言うと陳到の槍先が呂建の肩に当たった。
「ぐはっ!」「呂建!」
続く陳到の突きは徐商の喉を貫いた。
「う、う、ううぅ」「徐商!」
喉を貫かれた徐商は馬から崩れ落ち、そしてその周りに兵が集まると彼を守るよう陳到の前に出て盾を構える。
そして兵達は陳到の前に壁を作ると徐商を抱えて急いで後ろに下がった。
それを見て呂建も一旦退いて陳到と距離を取る。
陳到は一瞬『しまった!』と言う顔をしたが直ぐに平静な顔をした。
陳到からすると両将を突き伏せてしまう狙いだったが、距離を取られた事でそれが出来なくなってしまったのだ。
兵数は陳到軍が勝るものの、兵の練度の違いなのか。
呂建は負傷しながらも陳到の猛攻を防ぎ、その戦線を支えて続けていた。
右翼は膠着状態に入ってしまった。
そして中央では劉封が于禁、申儀に挟まれていた。
「伯恭! 申儀を斬れ! 急げ!」
「はは、お任せを!」
劉封の命を受けた張翼は兵を率いて申儀の下に向かう。
申儀の裏切りにより中央の劉封軍は混乱して戦線が崩壊するかに見えたが、前線は傅彤 が後方は張翼が支えた。
そして劉封は思案する。
このまま前線を維持するか?
それとも一旦退くのか?
しかし、劉封が考えを纏める前に魏将朱霊が襲ってきた。
「そこに居るは敵将劉封と見た! この朱霊がお相手致す!」
「くそ、こんな時に」
朱霊は于禁本隊から離れると突出した敵左翼によって空いた隙間を突き、劉封軍に横槍を入れる事が出来たのだ。
これは黄忠の救援に向かった呉蘭が居なかったからこそ出来た事で、劉封からするとこれは想定外の誤算だった。
だが、この朱霊の強襲に対して劉封軍は冷静に対処した。
「劉将軍! ここは私にお任せを!」
「おう、柳隠か。頼むぞ!」
「御意」
劉封軍屯長『柳隠』は朱霊の前に出ると自ら名乗った。
「我は劉将軍配下が一人。柳隠! 貴様の相手はこの俺だ!」
柳隠は名乗りを上げると猛然と朱霊に襲い掛かった。
「柳、何だと? ええい。雑魚が!」
朱霊は柳隠を雑魚と侮ったが、それは間違いだった。
柳隠の剣は朱霊を圧倒していた。
「ぐぅ、この!」
「劉将軍には近づけさせん!」
朱霊の強襲は無名とも言える柳隠の活躍で止められた。
その頃、曹操は意外な強襲を受けていた。
「これは少々、侮っていたか」
「曹孟徳はどこだ! この彭羕が討ち取ってくれる!」
曹操本隊は彭羕軍の奇襲を受けていた。
彭羕は戦端が開かれる前に劉封本隊から離れると大回りして曹操の後方に回り込んでいたのだ。
これは彭羕自身の献策で劉封が認めた事。
すなわち、劉封軍の狙いは劉封自身を囮にして中央に多くの敵兵を集め、さらに左翼、右翼による包囲と見せ掛けて、曹操軍の後軍が曹操から離れるのも見計らってからの曹操本隊に対して奇襲する事であった。
しかし、これは成功しなかった。
彭羕の誤算は曹操本隊の兵が予想よりも多かった事と、曹操の護衛許褚の強さであった。
「殿を御守りするが、我らの務めだ~」
許褚は間延びするような声で周りの護衛兵を鼓舞する。
いや、鼓舞しているつもりなのだろう。
許褚に鼓舞された護衛兵は彭羕軍に襲い掛かった。
その強さは正に魏軍最強と言っても過言ではないだろう。
奇襲を受けたにも関わらず、曹操本隊は彭羕軍を押し返し、逆に彭羕は持ちこたえるだけで精一杯であった。
「おのれ~。俺の完璧な策が~」
「敵将を討ち取れ~」
許褚の声はおよそ緊張感のないものであったが、逆にそれが彭羕軍にとっては恐ろしいものだった。
許褚の持った大きな鉄の棒は彼がそれを振るう度に彭羕軍の兵が吹っ飛んだ。
人の持つ力とはとても思えないもので、これに比肩するのは蜀軍では張飛しか居ないだろう。
そしてこの場には張飛は居ない。
これを見て彭羕は奇襲を断念した。
「失敗か。退け退けいー!」
この彭羕の退き際の潔さに曹操は感心していた。
「愚かな将で在れば、玉砕覚悟で突っ込んで来ただろう。また並みの将で在ればこの場に止まりいたずらに兵を失う。しかして良将で在れば、即座に兵を退く。彭羕と言ったか。よく覚えておこう」
劉封軍は曹操を一時では有ったが驚かせる事が出来たが、それはあくまでも一時であった。
結局は曹操を追い詰める事は出来なかった。
そして、この時既に勝敗は決まっていた。
満寵は孫呉に対して活躍して、太尉にまで昇進しています。
趙儼は驃騎将軍、司空まで昇進しています。
両者とも魏を支えた名将です。
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