第九十三話 劉封対曹操 前編
俺と曹操の戦いは南糸郡武当と言われるところで始まった。
この南糸郡は上庸郡と南陽郡の間に在る郡で湿地が多い場所だ。
その中である程度開けた場所での開戦となった。
「孝徳様。前に出るのはお止めください!」
「俺が前に出ないでどうする!心配するな。傅彤。それにお前が守ってくれるんだろう?」
「も、もちろんです! ですが、あまり前に出ないで下さい」
「行くぞ! 勇を持って眼前の敵を押し返せ!」
オオオォォー!
後に知った事だがこの戦いは劉封軍三万、曹操軍も同じく三万ぐらいだったようで、ほぼ同数の兵が入り乱れての乱戦になっていた。
俺は前線に残って中央の兵を指揮し、左は陳到、右は黄忠が率いていた。
そして俺は最前線で槍を振るっていた。
「押せ、押せ、前に出ろー! 曹操を討ち取れー!」
俺は眼前の敵を突きながら兵を鼓舞する。
「だ、だから前に出ないで下さいー!」
そして俺の隣に居る護衛の傅彤も槍を振るっている。
俺の護衛達は徐庶と陸遜が選んだ精鋭中の精鋭で装備もそこらの兵よりも充実している。
見れば曹操軍の装備よりも俺達の装備ほうが上だ。
これは益州に入ってから兵の装備に腐心した結果だ。
今では兵一人一人の装備は三国一だと自負している。
それが今の戦況を作っている。押し寄せる曹魏の軍勢を兵達は押し返していた。
そして俺が最前線に居る事で兵の士気は最高潮に達している。
俺を守ろうと護衛達が奮起し、俺の前で活躍を見て貰おうと張り切る者。大将自ら前線に出ているのを見て自分もと前に出る者。それぞれの思惑は違っても、眼前の敵を倒す為に皆が戦っている。
さぁ、曹操。俺はここに居るぞ!
※※※※※※
小癪な真似をする。
自分が前に出る事で兵を鼓舞し、さらに我を誘うか?
中央に兵を集めれば左右の将が上がってきて半包囲する気か?
ふん。悪くない手では在るな。
しかし我には通じん。
「文和。どう見る?」
参軍の賈詡を見て問うた。
「相手の狙いは我らを包囲する事かと」
「それは分かっている。ではどうする? お前なら」
賈詡はしばし考えて答える。
「あえて敵の手に乗るのも一興かと?」
ほほう。
「その狙いは?」
「逆に引き込み。吊り上げる。と言うのは?」
ふむ。悪くない。悪くはないが……
「それは面白くないな。文和。敵の手に乗る。そこまでは良いだろう。だが、こっちの誘いに乗るかな? あれは玄徳とは違うぞ?」
劉孝徳。未だ無敗と聞く。その用兵は如何ほどか?
「で、在れば。先ほどより敵の左翼がこちらを伺っております。それを吊り上げ各個に潰していくのはどうでしょうか?」
なるほど、確かに左翼が前に出て来ておる。
我らがそうで有るように、敵も我を直接討つのが狙い。
孝徳は吊り出せずともその配下はちがうか?
「良いだろう。文和。お前が指揮をしろ!」
「はは」
さて、では貴様の手並みを見せて貰うぞ。孝徳。
賈詡の指揮で兵が中央に集まり前に出る。
やはり中央は厚いな。于禁でもあれは崩せまい。
中央を攻めるに合わせて敵の左右が前に出て来るのが分かる。
やはり敵の狙いは半包囲か?
「文和?」
「左翼は殷署、朱蓋に任せております。まず間違いないかと」
「右翼はどうだ?」
「呂建、徐商に押さえさせます」
「敵の左右の将は誰か?」
「旗を見ますに左翼は黄、右翼は陳とあります」
黄に陳? はて、誰だ? 聞かぬ名だな。
だが、孝徳に付いている将達だ。
雲長、益徳ほどではないだろうがそれなりの将だろう。油断は出来ぬ。
「そろそろかと?」
「分かった。文則にはそのまま攻めさせろ。我らは一旦距離を取るぞ」
「はっ、伝えまする」
中央を止めて左右の将を孤立させる。
うむ。右翼は抑えたな。左翼はやはり出て来たか。
我らが下がる事でさらに敵の左翼は孤立した。
今ならば潰せよう。
「文和!」
「殷署、朱蓋に伝えよ。吊り出された将を討ち取れと」
「はは」
殷署、朱蓋の下に伝令が行く。
さて、どうか?
「も、申し上げます。殷署、朱蓋様が討ち死になさいました! 敵左翼を止められませぬ」
ほう。罠を食い破るか?
「文和?」
「申し訳有りませぬ」
「いや、よい。相手が上手で有っただけだ。だが、これは防げまいよ」
「御意」
※※※※※※
「申し上げます。黄忠将軍が敵将を討ち取りました! さらに兵を進め曹操を追っております!」
さすがは黄忠。
「陳到はどうか?」
「陳到将軍は敵将に阻まれて曹操を追えませぬ」
陳到は駄目か。
これでは黄忠が孤立してしまうな。
彭羕は上手くやってくれるかな?
と考えていると前線に居た傅彤が戻ってきた。
今の俺は傅彤の忠告を受けて一旦前線から離れていた。
「孝徳様。我らを攻めております将が分かりましたぞ。于禁です!」
于禁?
史実ではこの頃は魏軍の中で一、二を争う名将じゃないか!
でも、関羽に捕らえられて捕虜になってからの彼は不幸だ。
関羽が死んで孫呉の捕虜になって、虞翻に罵倒され殺してしまえと言われている。
そして魏に戻ったら皇帝曹丕に命じられて曹操の墓に行くと、そこには于禁が負けて関羽に捕らえられている絵が置いてあり、それを見た于禁は病に掛かって亡くなった。
曹丕は表向きは于禁の生還を喜んだが裏では于禁を侮辱している。
そこは功臣の生還を喜びつつ、慰労してやるのが良いだろうに?
于禁はたった一つの汚点の為に今までの働きを否定されたのだ。
こんな悲しい事はないだろう。
「于禁と聞けば負けられんな」
「はっ、この傅彤が討ち取ってやります」
「ははは。期待するぞ。傅彤」
「お任せあれ」
傅彤はそう言うと前線に戻っていった。
と、そこへさらに伝令がやって来る。
「申し上げます。黄忠将軍が負傷なさり、敵に囲まれております!」
「なに!?」
あの黄忠が負傷?
「誰だ? 誰にやられた?」
「黄忠将軍は曹操を追っていましたが伏兵に阻まれ、そこで矢傷を負った模様です。呉蘭将軍が救援に向かっております」
さすがは曹操か。
黄忠には伏兵に注意するように言っておいたのにな。
敵将を斬った事で調子に乗ったかな?
いや、ここは敵を誉めるべきだろうな。
そんなに簡単には勝たせて貰えないか?
「うあ! な、なんだ!?」
「う、後ろから。ぎゃあー!」
な、なんだ? 何が起こってる?
「も、申し上げます。申儀の隊が裏切り我らを背後より襲っております!」
申儀め~。
このタイミングで裏切るか!
「孟獲は何をしていた! 奴には申儀を見張らせていた筈だぞ!」
「わ、分かりませぬ。孟獲将軍の兵も負傷しているようでして。おそらくは……」
孟獲が殺られた?
それこそ有り得ない!
申儀にそこまでの武勇は無かった筈だ。
これは、まさか?
俺は前を于禁に後ろを申儀から攻められて窮地に陥った。
黄忠危うし!
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