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第九十一話 本命

 建安二十一年 夏


 では、そろそろ動きますか。


 この頃、孫呉では荊州北部の要所『宛』に周瑜が兵を進め、淮南郡(わいなんぐん)の要所『合肥』には孫権自らが兵を進めていた。


 そして、劉備率いる蜀軍は祁山に陣を敷いて天水郡で待ち構えていた夏候淵と対峙していた。


 まだ、曹操の本隊は動いていない。


 曹操は各地の守備に着いている将軍達の働きに任せていたようだ。

 なんと言うか、曹操の余裕を感じる。

 でも今はその余裕に付け入る事にしようか?


「よし、行くぞ!」


 俺は漢中居残り組三万を率いて東進した。


 目指すは魏興(ぎこう)郡、上庸(じょうよう)郡を通り荊州北部の宛。


 実はこの多方面同時侵攻作戦の真の目的は荊州北部の奪取にある。


 前々から俺が計画していた作戦で、宛を取る事で洛陽(らくよう)許昌(きょしょう)、そして長安(ちょうあん)の三つの主要都市に侵攻するのが容易になるのだ。


 劉備の北伐、孫権の合肥攻めも陽動が狙い。


 最も兵力の少ない宛攻めが主攻だとは気付くまいよ。


 これは俺が周瑜との連絡をしていた時に思い付いた策で、周瑜もこの策に賛成してくれた。

 実は周瑜もこの策を思い付いていたようで、俺に協力を求めようとしていたところに、俺が先に提案した形になった。

 周瑜の御墨付きの策ならば成功の確率は高い。


 そしてその成功の確率を上げる為に、孫呉では昨年から度々、宛と合肥に兵を出してどちらに主力を割くのか分からないようにしていたのだ。


 そして、今年に入って劉備の北伐と孫権の合肥攻めにはどちらも十万もの兵を出している。

 それに比べて宛攻めは周瑜が四万の兵で侵攻している。

 これなら劉備か、孫権のどちらかに曹操の主力は向かう筈だ。


 それに俺が曹操なら今まで散々手こずらせてくれた忌々しい劉備の方に向かうだろう。


 なんだかんだで曹操も劉備を意識しているのは史実を見ていれば分かる。


 ズバリ! 俺の予想では曹操は劉備の下に向かう!


 これは劉巴、徐庶、法正、陸遜も予想している。

 だから俺は劉備を守る為に徐庶達が北伐に行くのを許可したのだ。

 それにこの策は劉備、孫権の両者も了解している。


 だが、劉備はこの策が成功しても曹操との直接対決で勝って長安に入ると意気込んでいるし、孫権は曹操が劉備の方に行けば楽に合肥を取れると文に書いていた。



 でも、俺はそれほど楽観してない。


 俺の予想では劉備の北伐は失敗すると見ているし、孫権の合肥攻めも上手くは行かないだろうと思っている。


 劉備の北伐はおそらく曹操の主力とにらみ合いになって、冬を越えて兵糧が尽きて撤退せざるをえなくなると思っている。

 孫権は史実では一度も合肥攻めに成功していないのでこちらは端から期待していない。



 それに長安方面に出していた斥候の報告では魏の兵が長安に集まっているとの事だ。


 曹操が餌に食い付き始めたと見るべきだろう。


 今から漢中を出れば秋には宛に到着する。


 長安から曹操が主力をとって返した頃にはもう遅い。

 その時には荊州北部一帯は俺達の物だ。

 そして、領地分割で揉めないように魏興郡、上庸郡は蜀が、宛を含む南陽郡は孫呉の領地としている。


 それに仮に曹操が宛に来た場合は劉備の北伐が成功する可能性が高くなる。


 と言うのも、孔明の立案した今回の北伐の目的は天水、南安、安定の三郡を得て、さらに西方に兵を出して涼州を得るのが目的だ。

 長安を得る為の侵攻ルートは馬超が熟知しているのでまずは涼州を抑えて後方を固める方針なのだ。

 それに涼州を得る事で(てい)(きょう)族の協力を得やすくなる。

 なんと言ってもこちらには涼州の英雄馬超が居るからな。

 すでに一部の氐族から協力を取り付けてもいる。


 曹操が劉備の前に出てこないなら北伐は成功すると孔明は見ているようだ。



 本命は宛、対抗は北伐、穴は合肥と言う訳だ。



 そして本命を攻める俺達は漢中を出て漢水を下り魏興郡に侵入した。


 この漢水を下る時に用いたのが『流馬』だ。


 木牛を一回りも二回りも大きくした流馬は車輪を外して船として運用出来るようにしている。

 これによって物資と兵を同時に運べるようになったのだ。


 宛攻めの陣容は以下の通り。


 大将 俺(劉封)


 将軍(副将) 黄忠 陳到 彭羕


 武将 呉蘭 雷同 傅彤 張翼 鄧芝 孟獲


 後方担当 潘濬


 参謀が居ないが今回は必要ない。


 黄忠、陳到の二枚看板で押し通る!


 魏興郡に侵入した俺達は郡都『西城(せいじょう)』を攻めた。


 西城に居た魏軍は少なく、あっけないほど簡単に攻め落とせた。

 事前に調べていた通りこの方面の魏軍の守りは手薄だった。


 西城には潘濬と鄧芝を残して後方を任せ、残りは上庸郡上庸に向かう。



 そう、そこは俺の前世での因縁の土地。


 上庸に居たのは史実通り『申耽(しんたん)』『申儀(しんぎ)』の兄弟だ。


 兄申耽は俺と一緒に最後まで戦ってくれた義理堅い人だった。

 俺が徐晃に敗れると俺が蜀に戻れるように殿を買って出てくれた。

 彼は俺の恩人だ。


 しかし、弟の申儀は真っ先に裏切り俺達を背後から襲った事で、俺は徐晃に負けた。

 申儀の裏切りが無ければ徐晃に負ける事は無かっただろう。

 俺はこいつの事は許せそうにない。


 申兄弟は俺達が上庸城を包囲すると降伏の使者を送ってきた。

 俺はそれを受け入れて上庸城に入った。


 ああ、ここはあの時と変わらないな。


 前世の記憶と全く同じであの頃の事を思い出していた。


 あの頃の俺はどこの誰であろうと負けないと思い込み、軍のトップ、大将軍になるのだと意気込んでいた。


 しかし、その後はどうだ。


 俺は判断を誤り、孟達を逃がし、挙げ句その孟達に攻め込まれて城と領地を失った。


 そして孔明の讒言で処刑された。




 しかし今の俺はあの頃の俺ではない!


 俺が感慨に耽っていると張翼がやって来た。


「劉将軍。申耽、申儀をどうなさいますか?」


 そうだな。


 申耽は義理堅く信用が置けるが、申儀は駄目だ。

 あの男は前世と同様に風見鶏だ。

 強い風が吹くほうに流れる。


「申耽はここに残して、申儀は連れていこう」


 申耽なら俺達を裏切る心配は少ない。

 申儀を残して行ったら、こいつは裏切る可能性がある。

 なら、申儀は目の届く範囲に連れて行ったほうが良いだろう。

 先鋒を任せて使い捨てにするのが良いかも知れない。


「分かりました。そう伝えます」


「ああ、待て。申耽はここに呼んでくれ。直接話したい」


「はは」


 申耽には前世の礼を込めて遇したい。

 これは俺のわがままだ。


 しばらくして申耽がやって来た。


「お呼びと聞き罷り越しました」


「ああ、よく来てくれた。申耽」


「はは」


 久しぶりに会った申耽はあの頃より少し若い。


 そりゃそうだよな。あの時より四、五年早いもんな。


「聞いていると思うが、君にこの城とこの辺り一帯を任せたい」


 申耽は納得行かない顔をしていた。


「私は降伏したばかりです。その私に任せるのですか?」


「ああ。君ならば安心して任せられると思っている。頼めるか」


 申耽はあまり納得していない顔で俺を見て返事をした。


「分かりました。お預かり致します」


 申耽は俺を無用心な男と思ったかな?


 前世でも俺は無用心だった。

 そんな俺を申耽は却って信用してくれた。

 だから今も俺は彼に無用心な俺を見せたのだ。



 申耽に上庸を任せて俺達は宛を目指す。


 そして南陽郡に入ろうとしたその時、先鋒を任せていた黄忠、陳到から伝令がやって来た。


「申し上げます。前方より魏軍が現れたとの事、それと劉将軍には先頭に御出頂きたいとの事です」


「くそ、予想より早いな。それにしてもなぜ俺を呼ぶ?」


 俺達が魏興郡、上庸郡を襲った事は既に知られている。だから援軍がやって来たのだと思うが、それにしても反応が早い。

 それに俺を前線に呼ぶのはなぜだ?


「分かりません。ただ黄忠将軍が急ぐようにとの事です」


「漢升が? 分かった」


 俺は本隊を彭羕に任せると護衛の傅彤と共に前線に向かう。


「漢升!どうした? なぜ、敵を前に止まっている?」


 見れば魏軍は目の前に居るのに戦っていない。


 黄忠は俺の問いには答えず、ただ魏軍を見ている。

 見れば黄忠が緊張しているように見える。

 あの黄忠が戦場で緊張している。

 そんな事があるだろうか?


 うん? なんだこの重苦しい空気は。


 この空気は覚えが有るぞ。


 ま、まさか……


 魏軍の戦列が別れると赤い鎧と赤いマントを纏った男が現れた。


「久しいな。劉封」


「そ、曹操」


 距離は離れているがはっきりと分かった。


 曹操が俺の前に現れたのだ!

まさしく本命!


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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