第八十六話 南蛮制圧完了
建安十九年 冬
雍闓が降伏した事で南蛮の反乱は終わった。
さて、建寧の城で一体何が起きたのか?
事の顛末は雍闓の口から語られた。
「あの降伏勧告をされてから、高定と朱褒は私を責め立てた。漢に降るとはどういう事だと」
雍闓は高定、朱褒に疑われ、その疑いを晴らすのに苦労したようだ。
しかし、疑いが晴れる事は無かった。
なぜなら高定、朱褒の兵は殺されたのに雍闓の兵は生きて帰って来たのだ。
何かしらの裏取引を疑われても仕方ない。
だが、これが中原の人間ならどう思うか?
多少智恵の有る人なら、仲違いをさせようとしているのかもと思うだろう。
しかしここは南蛮。
策を弄する人はそんなに居ないし、ほとんどの問題は物理で解決してしまう。
所謂『脳筋』というやつだ。
そして脳筋連中は一度疑うとそれを信じてしまう。
馬超と韓遂が脳筋とは言わないが、あれは曹操が一枚も二枚も上手だから騙されたと思う。
では普段から物理で問題解決してきた南蛮人はどう思ったか?
それはもう信じたさ。
高定と朱褒は雍闓が漢と通じていて、自分達を手土産に降るつもりだろうと思ったのだ。
二人は雍闓を疑い、雍闓を討つ機会を伺っていた。
殺られる前に殺ってしまえだ。
俺も彼らを見習うべきだろうか?
しかし、雍闓は高定と朱褒の動きを知って身辺を固めていた。
そんな時に陸遜の矢文が届けられる。
簡潔に書かれていた文を見て雍闓は決断する。
この矢文は当然高定、朱褒の下にも届いている。
躊躇すれば自分が殺されると思った雍闓は機先を制する。
雍闓は高定、朱褒を結束を強める為に腹蔵なく話し合おうと言って宴を開く。
その宴の席の最中に雍闓は高定と朱褒を殺してしまう。
その後は高定、朱褒の主な部下を殺して事態を治めた雍闓だが、この後まともに俺達と戦えないと覚ると文の内容を信じて俺達に降る決意をしたと言う。
これが事の顛末だ。
雍闓は自分を高値で売ったと言う事だ。
それに雍闓は自分が殺されないと計算していた。
もし、雍闓を殺してしまったら南蛮の人達は漢人は約束を守らないと思われてしまう。
中々に油断出来ない人物だ。
しかし逆も考えられる。
「雍闓。君を建寧の太守に任じよう」
「は? いえ、私がですか?」
驚いて一瞬呆けた顔をした雍闓だが、直ぐに真顔になって聞き返した。
「建寧を治めるのに適した人物は君しか居ない。どうだろう?」
「よ、喜んでお受けします」
うんうん。
これでもし仮に雍闓が俺達に反乱を起こしたら恩を仇で返す奴だと罵られるだろう。
それに雍闓は今まで建寧に居る豪族達を束ねていた信用と実績もある。
その信用と実績を再び反乱を起こして無くすような愚かな事はしないだろう。
そうなると彼以上の適任者は居ないのだ。
そして俺は建寧に留まり新しい南蛮統治に関する上表をする事にした。
越巂郡太守 呂乂
雲南郡太守 王抗
永昌郡太守 呂凱
建寧郡太守 雍闓
とするように成都に向かって伝令を出した。
おそらくはそのまま通るだろう。
益州南部に関しては劉巴の案だから、彼が上手くやってくれるだろう。
孔明も異論は言えまいよ。
残る牂牁郡だがこれはどうするかと悩んでいたら、治安維持に出ていた部隊から報告が上がった。
「南方より軍勢です。万を越える軍が真っ直ぐこちらに向かって来ています」
「どこの部族か分かるか?」
「それが、その……」
なんだ。はっきり言えよ?
「はっ、士の旗が見えますので交州軍と思われます」
やっと来たのか。
実はこの南蛮制圧には援軍を要請していた。
その相手が交州の士燮だ。
本当なら秋頃にはここ建寧に来る予定だったのだが、遅れに遅れて今の時期になってしまったようだ。
俺は門まで行って出迎える事にした。
そこで見たのは象に乗った交州兵の姿だった。
「おいおい。これは…」
一際大きな象に乗ってやって来たのは士徽だった。
「遅くなってしまい申し訳ありません。まさか、終わってました?」
「ああ、うん。終わったよ」
「はぁ~。せっかく我が戦象隊の勇姿を見せられると思ったのに……」
士徽は心底悔しそうな顔をしていた。
まさか、交州に戦象部隊があるとは思わなかった。
もしこれが間に合っていたら、戦場はどうなっていただろうか?
おそらくは敵味方の区別なく阿鼻叫喚のるつぼとかしていたかも知れない。
それを想像してぶるりと体を震わせた。
象と象のぶつかり合い。
ちょっとだけ見てみたいと思ったりして。
でも何で士徽が交州軍を率いているんだ?
彼は荊州と交州を結ぶ道の整備をしていた筈だ。
「ちょうど合浦に居た時に孝徳様の援軍要請を知りまして、私が援軍の将に志願しました」
士徽は俺の援軍要請を知ると急いで軍の編成を行った。
どうせなら交州軍の強さを見せようと自慢の戦象部隊を用意したのだが、その準備が思った以上に掛かってしまい遅くなってしまったそうだ。
せっかくなので士徽にはそのまま牂牁郡に向かって貰った。
きっとビックリするだろうな。
朱褒の戦象部隊が帰って来たと思ったら別の戦象部隊がやって来るのだ。
これには驚くだろう。
士徽が牂牁郡の制圧をしている間に俺達は建寧で事後処理をしていた。
建寧郡太守に内定している雍闓は俺達に積極的に協力してくれたので、正直助かった。
それに孟獲も助けてくれたしな。
そうだ。孟獲をどうするかな?
孟獲は俺達に協力してくれた南蛮豪族だ。
彼とその部族は自治権を与えられる。
それとは別に何か欲しい物が有るかも知れない。
それに彼が今後どうしたいのかも気になる。
呂乂からは南蛮平定後の人材として打ってつけの人物と言われているのだが、彼に与える筈だった建寧郡太守のポストは雍闓に与えてしまった。
他に与えられるポストとは牂牁郡太守だが、これは馬忠に与えようと思っている。
そうなると与えるポストがない。
しかし孟獲は意外な決断をしていた。
「俺は劉将軍について中央で働きたいと思ってます。俺を連れていってくれませんか?」
へ、お前。言葉を?
「ああ、漢の言葉も実は使えます。黙っていてすみませんでした」
呂乂は知ってたの?
呂乂は無言で頷く。
「なら初めから言えよ!」
「す、すみません。俺の漢語が通じるか不安だったもので。聞き取りは大丈夫でしたが、話すのがどうも……」
いや、めちゃくちゃ流暢だよ!
全く、もう!
「それで、その、俺は駄目ですか?」
ふぅ、どうしたもんかな?
ここに残しても孟獲に与えるポストは用意出来ない。
なら中央の官吏か、武官にする方が良いかな?
「分かった。君には私の下で働いて貰おう」
「はは、ありがとうございます」
卓庸を失ったが代わりに孟獲を得た。
それに南蛮の部族の大部分の支持を得たのは大きい。
しばらくは反乱も起きないだろう。
起きたとしても王抗らが対処してくれる。
そう出来るように手は打った。
各郡の道の整備を行う事で連絡を取りやすくした。
各地で変事が起こっても素早く連絡を取れる筈だ。
しばらくして牂牁郡に向かった士徽から連絡が有った。
どうやら牂牁郡の制圧が終わったようだ。
これで益州南部平定が終わった。
後は細々した事は各地の太守に任せる事にしよう。
急いで戻れば年明け後には戻れる筈だ。
こっちで年明けを迎えるのも悪くはないが、急いで戻る事にしよう。
尚香との約束は守りたいしな。
それに下弁がどうなったかも気になる。
俺達が南蛮制圧をしている間に中原はどうなっただろうか?
後一話、二話でこの章も終わりです。
誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします
応援よろしくお願いします