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第八十五話 離間の計

 建安十九年 冬


 戦象部隊を撃破した俺達は軍を前に進めた。


 頼みの戦象部隊を無くした雍闓は建寧の郡都味県に退き籠った。

 軍の大部分は残したまま、郡都に兵を退くとは思わなかった。

 雍闓は籠城策を取るようだ。


「う~ん。まさか兵を退くとはな」


「野戦を避けるとは思わなかった。これは不味いかな?」


 俺と陸遜の予想では戦象部隊を失っても、兵の総数では雍闓軍が多い。

 だからこのまま野戦を続けると思っていたのだ。

 しかし雍闓は野戦を避けて籠城した。


 この雍闓の決断は俺達にとって意外だった。


 すでに季節は冬を迎えている。

 益州南部の冬がどれ程の冷え込みをするのか分からないが、兵達には厳しい季節を迎えてしまったと思った。


 思ったのだが……


「なあ?」


「何です?」


「今は冬だよな?」


「冬だね」


「暖かすぎないか?」


「そうだね」


 益州南部の気候は冬は暖かく穏やかで、まるで春のような暖かさであった。

 益州も冬は晴れ間が多いがそれでも冬は寒い。

 でも南部はそれよりも暖かで心地好い風まで吹いている。


 やっぱり観光で来たかった!


 この土地出身の孟獲に聞いてみたところ。


「ここらは一年中こんなもんだ。夏とか冬とか言われても俺達には何の事か分かんねえんだよ。それなのに今は夏だからとか、冬に備えろとか言われてもよ~」


 い、いかん。呂乂の通訳だと笑ってしまう。


 ここ建寧では一年中春のような暖かさで冬のような寒さが存在しない。

 まるで桃源郷のようだ。

 昔からここら辺りには仙人が住み着いて、このような暖かさが保たれていると言われているそうだ。

 これを言っているのはこの地にやって来た漢人で、現地の南蛮人に言わせれば何を言っているんだと言う事になる。


 住む場所が違えば風土、風習が違う。


 俺にはここが中華圏だと思えない。

 どこか浮世離れしている場所だ。


 もし平和になって老後を過ごすならこの土地で過ごしたいなと思った。


 でもそんな事は出来ないだろうなとも思った。



 そして雍闓の籠る郡都を包囲する。


 しかし郡都味県は広い。


 西門と北門を包囲するのがやっとで、南門と東門は包囲がどうしても薄くなってしまう。

 これではいざと言う時に雍闓達を逃がしてしまう事になるだろう。

 それではいつまで経っても南蛮平定は出来ない。


 しかし、兵の不足はどうしようもない。


 さて、どうするかな?


「雍闓、高定、朱褒の三人が城に居るのは分かっている。この三人に離間の計を仕掛けようと思う」


 陸遜はそう献策した。


 離間の計か。


 かつて潼関の戦いで曹操が馬超と韓遂(かんすい)の仲を裂き、戦いに勝利している。

 もっともこれは馬超が韓遂を信じられなかったから負けたのだ、と言う事が言えるがそうではない。

 馬超が負けたのは、馬超と韓遂がほぼ同格であった事が原因だ。


 その同格と言うのが問題で軍の指揮官は一人で在るべきなのに、二人がそれぞれ指揮官では軍が二つに別れてしまう可能性がある。


 それが証拠に離間の計を仕掛けられた馬超と韓遂はそれぞれ協力し合う関係から、反目し合う関係になってしまい、そこに曹操が攻め込み負けてしまったのだ。


 これが馬超が大将で韓遂が副将であったなら馬超は韓遂を処罰処刑して、その軍を吸収して曹操と戦えただろう。


 そして目の前の城には同格の指揮官が三人も居る。


 離間の計が成功する可能性は高いだろう。


「分かった伯言。君に任せる。協力出来る事が有ったら言ってくれ。出来る限りの事はしよう」


「ありがとうございます。劉将軍。では早速」


 そう冗談っぽく言って陸遜は俺に三人宛てに文を書かせた。


 しまった。出来る限りなんて言わなければ良かった。



 雍闓宛ての手紙


『雍闓。君は高定に唆されて乱を起こしたと私は思っている。もし君が我らに降ると言うので有ればこれを歓迎しよう。君もよくよく考えて欲しい』


 高定宛ての手紙


『高定。君の奮闘振りには感心する。しかし、雍闓は我らに降ると言っている。君も意地を張る事なく我らに降ると良い。もし降るのではあれば、それ相応の地位を約束する。君の懸命な判断に期待する』


 朱褒宛ての手紙


『朱褒。君の戦象部隊には散々な目に会わされた。しかし君の健闘は虚しい結果に終わった。すでに雍闓は我らに降ると言ってきている。君も無駄な抵抗をする事なく我らに降ると良いだろう。もしも疑うので有れば、誰が城に籠ると言ったのかを思い出すと良いだろう。それでは良い返事を期待している』


 たんなる降伏文書のような気がするがこれで良いのだろうか?


「これだけだと疑いはしないかも知れない。でも、これだけじゃないよ」


 この文書を届けるのは孟獲と呂凱だ。

 そして孟獲には捕虜なった者達も連れていくように命令している。

 その捕虜達は雍闓軍の者達だった。


 残った高定軍と朱褒軍の者達は既に処刑している。


「なんで雍闓軍の奴らだけを生かして返すんだ?」


「まぁ、三軍の誰でも良かったんだけどね。高定は一族が殺されているから降伏する可能性は低い。朱褒も戦象部隊を殺られて私達を恨んでいるだろう。残るはろくに戦っていない雍闓だ。それに打って出るのも、籠城するのを決めたのも雍闓だと思う。それならね」


 孟獲は雍闓と会って捕虜を渡すように言っている。

 そして呂凱には雍闓と高定、朱褒に文を渡す役目を与えた。

 なんで孟獲に三人にそれぞれ文を渡さないのかと言うと、彼はそれほど器用ではないからだ。

 孟獲なら下手したら三人揃っているところで文を渡しかねない。


 呂凱ならその辺りは大丈夫だと思う。だよな?



 そして孟獲と呂凱は無事に任務を果たした。

 表向きは捕虜を引き渡しての降伏勧告。

 裏では離間の計を進める。


 実際これで事態が進むかどうかは分からない。

 だって俺達は雍闓達と接触したのはこれが初めてだからだ。

 これだけで彼らが動くとは思えないがその辺はどう思っているの。陸遜さん?


「高定は雍闓を疑うだろう。孟獲は雍闓と顔見知りで、孟獲は俺達に降った者だ。それに孟獲は雍闓の下に居たから尚更ね。朱褒も雍闓を疑う。自分の兵は帰って来ないのに雍闓の兵だけが帰ってきたら不信に思うだろう。まさか、そんな筈はないとね。でも彼らは普段連絡を取っている者達じゃない。だから、もしかしたらと思ってしまうもんだよ」


 そうなのかと思わず納得してしまいそうになる。

 でもなあ~?


「それに城の中には孟獲の知り合い達も居る。彼らにも踊って貰おうか」


 そういうと陸遜は夜になると矢文を城に放つ。


 矢文の内容は『返事を待っている』これだけだ。


「上手く行くのか?」


「大丈夫。これだけでも十分だよ」



 それから数日して城から使者がやって来た。


 雍闓からの使者だった。


 使者から雍闓は降伏すると言ってきたのだ。


 俺は使者に問い質した。


「本当に降伏するのか? それに高定や朱褒もこれに賛同しているのか?」


 使者は頭を下げたまま俺の問いに答える。


「高定と朱褒は死にました。最早我らに敵対する意思は有りませぬ。どうか我らの降伏をお受けくださいませ」


 高定と朱褒が死んだ!?


 どうやら陸遜の離間の計は上手く行ったようだ。


 上手く行き過ぎて疑うレベルだ。



 そして即日城に向かうと雍闓は門の前で俺達を待っていた。

 鎧姿ではなく朝服姿で武装はせずに丸腰だ。

 兵達も武装していない。


 孟獲に確認して貰い雍闓本人だと分かった。


 雍闓は頭を下げて俺達に言った。


「約定通り。我が身の安全を保証して貰いたい」


 こんな呆気ない幕切れで良いのかと問いたいが、これで良いのだろう。


 俺は雍闓の降伏を受け入れ郡都味県に入った。



 雍闓が降伏した事で建寧での反乱はこうして終わった。


今回の顛末は次回で明らかになります。多分。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします


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