第八十三話 南蛮の脅威
ちょっと短め
卓庸討ち死に、馬忠負傷の報は本陣に衝撃を与えた。
更に別動隊六千の兵の半数が壊滅したとの報が伝わった。
今までの戦いでこれほどの被害を出した戦いは無かった。
苦戦らしい苦戦は益州雒城攻め以来ない。
今回の南蛮平定戦は苦戦は予想していたが、将の討ち死にまでは予想してなかった。
「卓庸の討ち死には確かか?馬忠の負傷はどの程度だ。現場はどうなってる?」
矢継ぎ早に伝令がやって来て現地の様子を伝えてくる。
それによると……
卓庸率いる別動隊は孟獲の伝えた迂回路を通り、敵陣近くまで潜入出来た。
そしていざ突撃と言うところである部隊に防がれた。
敵陣近くは開かれた場所で多くの兵が展開出来る場所で、六千の兵が襲いかかるには十分な広さが有った。
しかし、その広さは敵にとっても同じであり、そしてなぜ敵が城から打って出たのかも分かった。
「戦象部隊?」
「は、はい。敵は複数の象に乗ってこちらに突進してきたのです」
「卓庸様は象に踏み潰されてしまい、多くの兵が象の突進を受けて負傷し、また敵兵に討たれました」
「馬忠様は後方に居たのですが、卓庸様討ち死にの為に前線に出られ指揮を」
「馬忠様は象に乗った兵の矢を受けて負傷。なれど軽症の為に今なお指揮をとっております」
馬忠が伝令を出し続けた事でようやく現地の様子が分かった。
「直ぐに撤退させろ。一時後退する。先鋒も呼び戻せ。殿は霍峻だ。急げ!」
「「はは」」
卓庸に武功を立てさせようと思っていたのにそれが裏目に出るとは思わなかった。
これが彭羕や霍峻であったならこれほどの被害は出さずに済んだと思える。
これは俺の失態だ。
俺達が戦線を後退させた事で敵の追撃を受けたが、それは霍峻が防いでくれた。
霍峻は戦線維持、防御戦が得意な将だ。
今回も無難に務めてくれた。
雍闓軍と距離を取って改めて陣を張ったところで夕方を迎えた。
陣の各所では煙が上がり兵が食事を摂り始めた。
だが本陣の天幕では今日の敗戦の反省と明日からの戦いの軍議が行われていた。
「今回は拙速だった。すまん。皆」
俺は自分の非を認めた。
孟獲の言から迂回路からの別動隊奇襲で勝利出来ると思っていた。
しかしもっと慎重に事に当たるべきだった。
迂回路に偵察隊を出しておく等の事前準備を十分に行わなかった事で、卓庸と多くの兵を失ってしまった。
「いえ、劉将軍に非は御座いません。私の策が不十分で有ったのです。非は私に御座います」
「いや、策を認めたのは俺だ。伯言に責はない。しかし、今回はしてやられた訳じゃない。俺に隙が有った。それだけだ。それに戦はこれからだ。そうだろう、皆」
「劉将軍の仰せの通りです。まだ緒戦です。戦はこれからです」
「そうですな。まだまだこれからですな」
卓庸の死で動揺しているかと思ったがそれほどでもなかったようだ。
逆に俺が動揺していたかも知れない。
皆同僚の死に慣れているのかとも思った。
孟獲は自分が責められなかった事でちょっとホッとした表情をしていた。
「まあ、相手がどんな部隊か分かったところで、どう手を打ちます? 俺は象なんて見た事ないですぜ?」
彭羕の言に張任、霍峻も頷く。
「よろしいでしょうか?」
そんな中で負傷しながらも軍議に参加している馬忠が発言する。
馬忠には傷を癒すように言ったが、彼は軽症だからと軍議に参加したのだ。
「徳信。何か有るか?」
「はい。私も象は名前は聞いた事が有りましたが実物を見たのは今回が初めてです。ですがあれと戦った事で分かった事が有ります」
それから馬忠は戦象部隊について皆に説明してくれた。
まず象に刀や槍、戟と言った手持ちの武器が効かなかった事。弩による矢は刺さりはするものの効果が薄い事。またそれによって手傷を負わせると更に暴れて被害が増えた事。そして象の姿に驚き腰を抜かした兵や、その声に怯える兵も居た事で戦場が混乱した事も分かった。
「正直に申し上げると手が付けられません」
馬忠は最後にそう締めくくった。
それらを聞いた者達は困ったと言う表情や、顔を真っ青にする等していた。
そんな中で元気なのは孟獲だった。
「象はここらでも珍しいもんだ。でも雍闓が象部隊を持ってるなんて俺は知らなかったぜ。もしかして朱褒が来てるのかも知れないな」
「朱褒とは?」
陸遜の問に孟獲は答える。
「朱褒は牂牁に居た奴だ。あいつは確か役人をしてた筈なんだけどな。まあ、それりゃいいか。あいつんところは獣を飼う奴らが多くてな。雍闓もあいつから虎やら大蛇やら貰ってたのよ。俺は虎を貰ったがな。あいつなら象を持っててもおかしくないかと思うぜ?」
え~と、呂乂。訳して。
「つまり朱褒と言う者が雍闓に合流していたと言いたいのか?」
「多分、そうじゃないのか」
張任の問に孟獲は答えた。
呂乂が孟獲の言葉を通訳した事で、雍闓の兵力五万と言うのが間違っていなかった事が分かった。
雲南、建寧の豪族だけで五万は多いと思っていたが、牂牁郡に居た朱褒が合流していたのだ。
「今日の結果を見て、明日からはその戦象部隊が前線に出てくるでしょうな」
霍峻の言葉で場が暗くなってしまった。
象部隊か。
史実ではそんな物は無かったよな?
演義ではどうやって撃退したかな?
う~ん。確かあの時は……
おっ、思い出した! よし、これなら行ける!
「みん」「うん。これならば。策を思いつきました。皆さん聞いてください」
え、ちょっと。陸遜さん。
「まずは地図を、え~と、こことここに、それと後方から木牛を持って来て、それから……」
陸遜の説明に皆が頷く。
「なるほど」「これなら」
「いや、さすがは陸遜殿。その智謀はかの張良に迫りますな」
「いや、それは、ちょっと」
張任の褒め言葉に照れる陸遜。
えー、まあ、良いんじゃないの。それで。
俺は陸遜の策に従う事にした。
だって俺と同じ事を陸遜が献策したからだ。
嫉妬なんてしてませんよ。
ええ嫉妬なんてしてません。
ただ直ぐに思い出せなかった自分を許せないだけです。
何で俺は象部隊と聞いて直ぐに思い出せなかったんだ!
陸遜の指示に従い皆準備に取り掛かる。
明日からは準備が整うまで我慢が続くだろう。
だが、準備が整ったその時が戦が終わる時だ。
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