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第八十二話 孟獲の投降

 ここ益州南部の各地を回っていて思う事は一つ。


 観光で来たかった。


 行軍が大変なのは交州遠征と変わらないが、それは準備を整えていたので大分ましになった。

 それによってある程度余裕が生まれて周りに目を向ける事が出来た。


 ここ益州南部の標高は千メートルを越えている。

 場所によっては二千メートル近くまである。

 それだけの高地に居る為に空気が清んで美味い。

 周りの山々の景色は4Kテレビで見る観光案内番組の景色より遥かに凄い物だ。

 テレビで見るのと実際に目にするとでは感動に違いがある。


 この景色を見ていてふいに涙を流していた時があった。


 それを陸遜に見られて慌てて言い訳をしたのは恥ずかしい話だ。

 そして護衛の傅彤は何も見てません的な態度で居てくれたので少し嬉しかった。

 でも景色を見て涙を流すなんて思わなかったな。


 本当に観光で来たかったよ。


 そんな周りの景色を楽しんでいた俺に無粋な伝令がやって来た。


「建寧の雍闓が兵を率いて出てきました」


 バカな奴だな。


 引きこもって俺達が来るのを待っていれば良かったのに、雍闓は建寧の郡都から出て来て俺達と一戦殺ろうとしている。

 南蛮人は外で戦うのが当たり前なのか?


「伯言。降伏勧告はしているのだろう?」


「ああ、でも返事は無かったよ」


 雍闓には降伏すれば雍闓の首だけで部下や兵達は助けると話している。

 でも無理だよな。

 それで丸く収まる訳がない。


 最低でも一戦やらないと終われないか。


「この辺りは隘路が多い。近くに布陣出来る場所は限られている。伏兵には注意すべきだな」


 伏兵か。


 陸遜の言う通り。ここ最近は隘路を利用した賊の襲撃が多かった。

 数は大した事は無かったが、後方を遮断するような襲撃だったので注意していた。

 もしかしたら雍闓の兵達だったのかも知れない。


 ある程度開けた場所に陣を構えると、伝令がやって来た。


「申し上げます。雍闓の軍より孟獲と申す者が投降したいと参っております。兵は二千ほど。自身はこちらに護衛は十人ほどです」


 孟獲がここで現れた?


「どう思う。伯言?」


「偽り、と言うにはあからさまかな。呂乂から聞いた話では穏健派と見えるし。会って見てはどうかな?傅彤殿は警戒を怠らずに」


「はは、お任せを」


 武装を取り上げられた孟獲が天幕に入ってきた。


 孟獲は南蛮人と漢人のハーフなのかな?

 肌の色は南蛮人に顔立ちは漢人に近い。

 ただ、髭もじゃな顔は愛嬌が有って良い。

 好感の持てる顔であった。


「建寧の孟獲と申します。雍闓の横暴に耐えかねてこちらに参った次第です。是非、一軍にお加え下され」


 孟獲は雑談する事なく本題に入った。

 俺が断るとは思っていないのか、彼は自信満々の顔をしていた。


 俺は陸遜を見る。陸遜は頷いて孟獲に話した。


「孟獲殿の噂は知っている。しかし、今になって我らの下にやって来るとは、いささか遅すぎるのではないですかな?」


 孟獲が投降してくるなら、もっと前でも良かった筈だ。

 さぁ、これから戦だと言う時にやって来るのはおかしいのではないだろうか?


「雍闓の野郎が俺らが止めるのに郡都を襲っちまってな。こっちも迷惑しているのが本当だ。俺達の多くは漢の人間とは事を荒立てたくはないのさ。それに野郎は俺達を郡都に閉じ込めやがってな。そんであんたらがやって来たんで、野郎が兵を出した隙に逃げたしてきたのよ」


 呂乂、冷静な顔で淡々と通訳するなよ。

 危うく笑いそうになったじゃないか。


「では雍闓がどこに陣を張っているか知っているのか?」


「おおよ。案内するぜ」


 孟獲は自分の胸を叩いた。

 顔を見るに嘘を言っているようには見えない。

 信用しても良いかとも思えるが、どうだろう?


「伯言。俺は信用しても良いと思うが」


「そうですね。ですが安易に信用するのもどうかと?」


 ですよねー。


 呂乂は何か有るかな?


「私も陸遜殿と同じです。我らを騙すご仁には見えませんが、もしかしたらとも思いますし」


 呂乂の言ももっともだ。

 孟獲って張飛にちょっと似てるから人を騙すような感じがしないんだよな。

 でも信用するのもどうだろうか?


 まあ、試してみるか。


「孟獲。君の投降を受け入れよう。そして雍闓の陣容を話して貰おうか?」


「おお、分かったぜ」


 だから、呂乂。そのまま訳すなよ。



 孟獲の言によると雍闓は軍を三つに分けて布陣している。

 総数は五万を越えていると言う。

 そんな大軍を維持出来るのかと言いたいが、出来ているのでそうなのだろう。

 だが、実はかなり盛っているのではないのかと思っている。


 そして、どの陣も隘路によって大軍では襲えないように成っている。


 通れる数は一度に数十人と言ったところで、守りやすい場所に布陣したものだと感心する。

 向こうからやって来て貰いたいところだが、挑発に乗ってくれるかな?


「実は大きく迂回する道が有ってよ。そこを通れば野郎の本陣を襲う事が出来るぜ。どうよ?」


 呂乂さん。『どうよ』って訳す必要あるの?


「その道はどれかな?」


 机に並べられた地図に孟獲が指差す。

 この地図は永昌の呂凱が持ってきた物で、かなり詳しく書いてある。

 孟獲が指差した道も書いてあった。


「ふむ。これは使えそうだね。策は決まった。これで行こうか」


 陸遜が策の説明を聞いて、まあ、妥当な案かなと思った。


「孟獲殿には先鋒を任せる。武功を期待しているぞ!」


「おおうよ。俺の強さを見せてやるぜ!がははは」


 笑い声まで訳さなくてもいいよ。



 作戦はいたってシンプル。


 雍闓の敷いた陣三つにそれぞれ兵を出して敵の注意を引き付ける。

 その間に兵を迂回させて敵の本陣を奇襲する作戦だ。

 上手くすればこの一戦でカタがつく。


 先鋒は呉蘭、雷同、孟獲に任せる。

 迂回する兵の指揮は卓庸、馬忠だ。

 俺達の軍は混成軍団では有るが士気は高い。


 このまま一気にケリを着ける!



 ここ建寧の道は狭く険しい。

 大軍が通れない隘路が多い。

 その道を先鋒隊が敵陣に向かって走り出す。


 歩兵同士のぶつかり合い。


 伝令がひっきりなしに本陣に様子を伝えてくる。


 思ったよりも敵兵が強く、こちらが押されているとの事だ。


 南蛮兵は俺達が思っていた以上に強い。

 この兵を中原に連れて行けたらと思う。

 しかし向こうの寒い気候に慣れるだろうかとの不安もある。


 まあ、それはこの遠征が終わってからゆっくり考えれば良いか。


 その押されている先鋒隊で一人戦線を維持している者が居た。


 孟獲だ。


 孟獲の兵二千にさらに千を加えて三千として送り出したが、思った以上に頑張っている。


 これで孟獲の裏切りは心配要らないようだ。


 しかし、やはり突破は出来ないようだ。


 呉蘭、雷同は押されてはいるが、軍の崩壊までは行っていない。

 それに後詰めには彭羕が居る。

 彼なら先鋒が崩壊する前に動くだろう。


「遅いですな」


 うん?


「確かに、そろそろの筈」


 張任と陸遜が話しているが何が遅いんだ?

 そして、いつの間にか彭羕がやって来ていた。


「大将、迂回に回した兵の後詰めを送ったらどうだい。なんか嫌な予感がするぜ」


「永年。持ち場を離れるな。それに卓庸達なら心配ないだろう。彼らならやり遂げるさ」


「そうだと良いけどな」


 彭羕は頭を掻きながら持ち場に戻った。


 全く彭羕の奴は。


「彭羕の言う通りかも知れませぬ。卓庸達からの伝令がないのが気になりますな」


 う、張任まで。


「卓庸に伝令を出しましょう。それで向こうの様子を」


 陸遜が言い終わる前に伝令がやって来た。


「も、申し上げます。卓庸様討ち死に。馬忠様が負傷なさいました!」


「な、何!」



 それは俺が軍を率いて初めての将の死であった。

お読み頂きありがとうございます


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